被害者参加制度始まる


社長

こういうのを世相が暗いとでも言うんでしょうかねえ、去年も、小さな子どもが殺されてしまったりするようなイヤな事件がいくつも起きました。

弁護士

ほんとうに。そういえば、昨年の十二月一日から、犯罪の被害者が裁判所からの許可をもらって、被害者参加人として刑事裁判に参加するという制度が始まっているんですよ。

社長 ああ、それなら新聞で読んだことがあります。ウチの会社も、何年か前に泥棒に入られて金庫を荒らされてしまって。ちょうど給料日の前日だったものだから、あの時はえらい迷惑したねえ。犯人は捕まって裁判にかけられたけれども、私も犯人にひとこと言ってやりたかった。それができるようになったという訳でしょうか。
弁護士 いやいや、どういう犯罪被害の場合でも参加できるということではないのですよ。社長さんのところは、窃盗という財産を奪われた犯罪被害ということになりますから、今回始まった被害者参加制度の対象にはなりません。被害者が刑事裁判に参加できるのは、殺人や傷害、強盗殺人や強盗致傷のようにわざと人の命を奪ったり体を傷つけたりした事件、交通事件、性犯罪の事件、誘拐事件などで相当と認められる場合に限定されているのです。
社長 へえ、そうなんですか。
弁護士 こういった犯罪では、被害者やその遺族の方がとても強い被害感情を抱いていることが多く、これまでのような刑事裁判のやり方について不満の声が上がってきていたのですね。そういった不満の声を受けての法改正です。
社長 これまでのやり方と言いますと?
弁護士 これまでは、たとえ事件の被害者であっても、傍聴席で審理の行方を見守るか、場合によっては、証人として呼ばれてあれこれ聞かれたり、心情について意見を述べたりすることができるだけだったのですね。これでは事件の当事者という立場にふさわしくないと考えられるようになったのです。
社長 そうすると、これからは何ができるようになったということで?
弁護士 五つの権利が認められました。一つ目は、在廷、つまり刑事裁判の法廷の中に入ることができるようになりました。
社長 あれっ、法廷には誰だって入れるのじゃなかったでしたっけ。
弁護士 それは傍聴。被害者参加人は、法廷の柵の後ろの傍聴席に座る傍聴人とは違って、柵の中に入って検察官の近くに座ることになります。そして、傍聴であれば裁判所は傍聴人の都合なんか全然考慮してくれないで裁判を開く日時を決めてしまうのですが、今後は被害者参加人の都合も聞いた上で日時を決めることになります。
社長 柵の中に入ったって黙って座っているだけじゃあ傍聴人とあんまり変わらないわねえ。
弁護士 被害者参加人は、被告人の情状について証言した証人に対して、その証言の信用性には疑いがあるのではないかという方向から尋問をすることができます。これが二つ目の権利。それから、三つ目は、被告人に直接質問ができます。それから、四つ目には、検察官が行う論告求刑に続いて、被害者参加人も求刑を含めて意見を述べることができます。これを被害者論告などと呼ぶ人もいます。五つ目は、検察官の仕事の進め方について意見を言ったり説明を求めたりすることができるようになりました。
社長 被害者の遺族の人が「極刑を求めたい」とコメントするのをよく見聞きしますけど、あれを法廷の中でできるということですかねえ。
弁護士 ただ、法廷の外で述べるのとは違って、今度は法廷の中で、刑事裁判の当事者に近い立場で述べるのですから、どういう意見を述べるのがよいか、裁判所にどれだけアピールできるかという観点から慎重に、冷静に検討する必要が出てくるでしょうね。
社長 しかし、刑事裁判に参加すると言ったって、法律の素人の被害者が一人でいきなり法廷の中に入っても、何をどうしたらよいのやら全然分かりませんよね。
弁護士 被害者参加人から依頼を受けた弁護士が一緒に法廷に入るなどして手助けすることができる仕組みが作られました。そして、蓄えの乏しい被害者の場合には、そのような弁護士にかかる費用を国費でまかなう制度も、同時に始まっています。これを国選被害者参加弁護士制度と呼んでいます。愛知県弁護士会でも、この仕事を引き受ける会員の名簿を作っていて、多くの弁護士が登録済みです。
社長 よく民事は刑事とは別と言われますけど、いっそ民事の弁償の話なんかも一挙に済ませることができれば便利だわねえ。
弁護士 被害者参加とは別の制度ですが、刑事裁判の有罪判決に引き続いて簡便な手続きで弁償について裁判してもらえる損害賠償命令という制度も同時に始まっていますよ。この制度が使える場合には、簡易な申立てをすることで民事裁判を起こす手間や費用を節約することができます。 
社長 弁護士というと被告人なんかの弁護をするのが仕事というイメージが強いですけど、被害者からの相談を受け付けている弁護士はどうやって探せばいいのですかねえ。
弁護士 愛知県弁護士会では祝日などを除く毎週金曜日の午後三時から六時まで被害者のための無料電話相談を行っていますよ(電話番号052−252−0028)。それから、日本司法支援センター、通称法テラスが犯罪被害者の支援に詳しい弁護士を紹介しています。刑事裁判への参加を申し出ることは被害者の権利であって義務ではありませんから、参加するのがよいかどうかも含め、できるだけ早く弁護士に相談することが大切でしょうね。