不正競争防止法による営業秘密の保護
社長

ちょっと困ったことになった。

弁護士

どうされました。

社長

知ってのとおり、当社は小売りがメインだよね。
それで、何度もお客様に足を運んでいただくために会員登録制度を導入しているんだよ。

弁護士 会員カードを発行して、いろいろな特典がある制度ですよね。
社長 そうそう。それで会員の方々の名簿も当然作ってあるんだが、先日同業他社に転職した従業員が会員名簿を持ち出しているらしいんだ。知らない店から案内が届いたが、うちから情報が流れたのではないかと会員から問合せがあって調べたところ、会員名簿を勝手にコピーした形跡が見つかったんだ。
弁護士 それは問題ですね。
それでご相談というのは、お客様への対応ですか?
社長 いや、お客様には名簿データの持ち出し発覚後にすぐお詫びのお手紙と割引券をお送りしたので今のところ大丈夫だ。
問題は、データを持ち出して辞めた従業員や転職先の会社に対して名簿の利用を止めさせる方法がないかってことなんだ。
弁護士 そっちですか・・。
社長 何か不都合でも?
弁護士 不正競争防止法によって、顧客名簿も「営業秘密」として、コピー機でコピーする行為やUSBメモリーなどに情報をコピーする行為などは懲役刑など刑事罰の対象になります。
また、利用の差し止めや損害賠償請求ができることも間違いないんです。ただ、その顧客名簿を「営業秘密」といえるための要件が厳しいんです。
社長 でも、うちでは顧客名簿にマル秘の判子を押してあるよ。
弁護士 やっぱり・・。
それだけでは営業秘密に該当しないんですよ。
社長 どうなっていればいいんだい?
弁護士 @秘密として管理されていること(秘密管理性)、
A生産方法や販売方法など事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)、
B公然と知られていないこと(非公知性)
の三つが必要なんです。
社長 マル秘マークが押してあって、営業上の大事な情報で、他の会社は知らない情報だから十分じゃないか。
弁護士 いや、訴訟で問題となりやすいのは@の秘密管理性なんです。単にマル秘などの判子が押してあるだけでは、秘密管理として不十分だとするのが裁判所の考え方です。
社長 じゃあ、どうやって管理していればいいんだね。
弁護士 社内において、文書管理規程を作って、秘密情報の収納・保管・廃棄方法を定めておく、秘密情報の取扱者を限定しておくなどが必要です。転職された従業員さんが簡単にコピーできたということは、そこまで厳密な管理はしてなかったのではないですか。
社長 う〜ん。そこまではなぁ。
弁護士 そうなると、不正競争防止法による保護が受けられないことになってしまうんです。
社長 そうか。問題が起きる前に相談しておけばよかったなぁ。じゃあ、今後のために、他の情報についても営業秘密として保護される条件をいろいろ教えてよ。
弁護士 そうですね。顧客情報に限らず、最近は情報をコンピューターに入力して管理している会社が多いですよね。
このような場合には、データにアクセスするためのパスワードが設定してあることや、プリントアウトした場合には使用後に即時破棄するなどの社内規程の定めと現実の運用が必要です。
秘密を守るために敢えてメインコンピューターでなくUSBメモリーなど特定の記録媒体に情報が入っている場合には、その記録媒体を鍵のかかるキャビネットなどに保管しておいて解錠に必要な手続を定めておくとよいでしょう。
なお、コンピューター情報へのアクセスが容易にできなくなっていても、前提となる紙媒体がいい加減に管理されていたために秘密管理性が否定された裁判例もあるので注意が必要です。
社長 面倒だなぁ。
弁護士 でも本当に守らなければいけない情報ならやむを得ないのではないですか。経済産業省でも「営業秘密管理指針」を策定して同省のホームページで公開していますので参考にしてください。
社長 一度アクセスしてみるよ。
弁護士 次に、Aの有用性については、基本的には認められやすいと思います。ただ、二重帳簿などがあって秘密にしている場合などは有用性があるとは認められませんよ。
社長 それは大丈夫。
弁護士 最後のB非公知性については、一般に入手困難であればOKです。
社長 ややこしい話は抜きにしてまとめて何とかする方法はないのかね。
弁護士 まとめては無理ですが、従業員と秘密保持契約をしておくことは有効でしょうね。
特に、社外に持ち出されたら困る大切な情報に接する機会のある従業員さんとは、秘密保持契約を結んでおかれることをお勧めします。
これにより、不正競争防止法による保護は認められなくても、雇用契約上の義務違反として損害賠償請求は認められやすくなります。
社長 一度検討するよ。
その時はよろしく。