法律事務所の窓辺から

信頼関係を築くことの難しさ



とある刑事事件の弁護を引き受けた。強かん、強制わいせつなど多数の罪で起訴された被告人であったが、全て否認するという。

弁護人の職責上、まずは被告人の言い分を信用するのは当然である。しかしながら、関係証拠を検討していくと、一部の罪についてどうしても被告人の言動に矛盾が生じてしまう。そこで私は、被告人との間でとことん議論した。私の疑問をできるだけ丁寧に説明し、一方で、被告人の反論にも十分に耳を傾け、あくまで対等の立場での議論になるよう心掛けた。時には激しい言い合いにもなった。

ただ、被告人による必死の説得はどうしても私の疑問を解消するには至らなかった。もっとも、とことん議論したので、その結果、なお被告人が否認を続けるのならば、被告人の言い分に沿って弁護するつもりではあった。

しかし、ある日、被告人は、一部について罪を認めるといい出した。本当にやっていない部分に影響が及ぶのをおそれて全ての罪を否認していたものの、私との議論を通じて考え抜いた結果、一部については罪を犯したことを裁判で認めるというのである。 

弁護人として、このような弁護活動が正しいのか異論はあると思うが、私は間違っていなかったと思う。激しい議論を通じて、私と被告人との間にはある種の信頼関係が生まれていた。その後、被告人は、私の弁護方針に最大限の理解を示してくれ、被告人の弁護活動は、最善を尽くすことができたと思う。




依頼者との信頼関係の構築は、民事・刑事を問わず、弁護士が職務を遂行するうえでの生命線である。

しかしながら、実際に信頼関係を構築するのは、容易いことではない。

まずは、依頼者と同じ目線で、親身になって事案解決にあたる姿勢が必要であるが、単に依頼者の話をそのまま聞くだけでもだめであろう。依頼者の意図するところや紛争の背景を十分に把握したうえで、的確かつ丁寧な説明を行い、時には徹底的に議論を行う中で、信頼関係は生まれていくものである。

誤解をおそれずいえば、裁判に負けてもなお、依頼者が弁護士に対する信頼を維持し、「一生懸命やってくれたから満足している」といってくれることが理想であると考えている。

しかしながら、私に対し、いったい今まで何人の依頼者がこのような思いを抱いてくれたのか、実に心もとない。弁護士という仕事の難しさでもあり、やりがいでもある。 

弁護士にとって一番大事なことは、このことであると、改めて心に刻みたい。