公正な放送局へ抜本改革を〜市民ケーンと前NHK会長

 
  「市民ケーン」という映画をご存知でしょうか。名優オーソン・ウエルズ主演の新聞王チャーリー・ケーンの一生を描いた作品です。

 粗筋は概略次の通り。
 ケーンは、若かりし頃、理想に燃えて新聞発行を手がけた。社是は「他人からの干渉を排し、相手が誰であろうと不正を暴き、読者に真実を伝える」。実際、相手が大統領であろうとも辛辣な批判記事を掲載した。ケーンは遂に知事選挙に立候補する。しかし、ケーンとオペラ歌手とのスキャンダルが投票日直前に他紙に暴露され(これは相手候補者がリークした)、ケーンは選挙に惨敗する。
 この直後からケーンの調子がおかしくなる。スキャンダルの原因となったオペラ歌手(二流で無能)の為にオペラハウスを建設し、彼女のリサイタルを開き、批評家に絶賛の記事を書かせ続ける。歌手としての無能さを知っている彼女はさすがに耐えきれなくなり、自殺を図り、遂にはケーンのもとを去る。新聞発行のケーンの方針が変節したとして、新聞創刊以来の盟友はケーンと決別する。一人残されたケーンは寂しく死んでいく。「バラの蕾」と最後につぶやいて。

 さて、件の海老沢NHK前会長である。報道にたずさわる者の使命は事実を国民に伝えることである。けっして時の権力者に迎合することではない。
 放送法は、放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保することを原則の一つとして放送を公共の福祉に適合するよう規律しようとしている。だからこそ,テレビを購入した者にはNHKと受信契約を結ぶ義務があるとして、国民の大部分から受信料を徴収出来るようにしている。そのNHKが放送内容を事前に政府与党の政治家に見せるということは、この不偏不党の原則に違反していることにならないか。これはNHKの放送内容の公正さを疑わせ、自殺行為に等しい。このようなことが、何故まかり通ったのか。
 この自らの存立基盤である放送法の原則を無視するような体質を作ってしまったことこそが、海老沢会長が辞任すべき本質的な理由であると思う。

 ケーンの新聞はケーンの死とともに消えてなくなった。他方、海老沢氏が会長を辞めてもNHK自体は残る。表現の自由が確保されず、時の権力者に迎合するような体質が根本的に改革されないなら、紅白歌合戦がなくなるのは寂しいが、NHKに未来はない。(K・S)