アテネオリンピックが終わって間もなく2か月が経とうとしている。日本選手が獲得した今大会最後、史上最多タイ16個目の金メダル、これは男子ハンマー投げで当初優勝とされたハンガリー選手が後にドーピング(禁止薬物使用)違反で失格とされたため、日本の室伏広治選手が繰り上げ優勝により獲得したものであった。
地元室伏選手の金メダル獲得はもちろんめでたいことだ。しかし、IOCが取り仕切った今回の失格劇、どこか引っかかるものがある。
1 検査方法に対する疑問
種々の報道を総合すると、金メダルを剥奪されたハンガリー選手に対して持ち上がっていた「疑惑」は、次のようなものだった。
《この選手は、競技中、最終の第6投の前にトイレに行き、袋と長い管を用いた「装置」を自らの身体に仕組んだ。室伏選手の最終投てき後、トイレから戻ったこの選手は、自らの優勝を確認するや第6投はせずにフィールドから引き揚げた。競技直後のドーピング検査の際、この選手は、「装置」の袋に入れておいた他人の尿を自分の尿であるかのように装って提出し、検査をすり抜けた。》
しかし、IOCの規定によれば、ドーピング検査の採尿時、検査を受ける選手は胸からひざまで衣服を着用してはならないものとされ、かつ、採尿状況を同性の係官が監視するものとされており、このような厳格な検査方法が遵守されている限り、「疑惑」の手法による検査すり抜けは不可能と考えられる。むしろ、検査方法自体、IOCが自ら定めた規定どおりの方法では行われていなかったのではないか。
2 再検査通告に対する疑問
ところで、IOCは「疑惑」を真実と認めてこの選手を失格としたのではない。失格の理由は「再検査の拒否」である。オリンピック期間中、選手はいつでも検査を受けなければならない旨が規約で定められているのだそうである。なるほど形式的には規約違反に該当するようにも見える。
しかし、この規約自体、その趣旨を合理的に理解しようとすれば、いわゆる抜き打ち検査を行うことによって、違反行為を発見し、また未然に防止することを目的とするものと考えるほかないから、この選手の場合のように、自らの出場種目の競技終了後にまで随時の検査を受けるべき義務を課したものとは解されないのではないだろうか(報道でも、再検査通告は「異例」のこととされている)。選手に他人の面前で尿を提出させて検査することは選手のプライバシーを制約する側面を持つから、IOCは検査の回数や方法の点で選手のプライバシー制約の程度を必要最小限に留めるべきである。競技直後の検査をずさんな方法で行ったため本来発見されるべき違反を見逃したという場合に、はたして再検査を通告できるのかどうか、甚だ疑わしい。
この度の「疑惑」の処理について、IOCは「ドーピングに対する厳しい態度を貫いたもの」として、むしろ胸を張っているように見受けられるけれども、IOC自身が批判されるべき点も多いと思う。
3 これが日本選手だったら・・・
世論は遠い異国の選手の金メダル剥奪を忘れつつある。しかし、もしこれが日本選手だったらどうだったろうか。見事優勝、そして競技直後の検査結果はもちろんシロ。その後に他国選手から「アイツは競技終了直前に長いことトイレに行っていた。あやしい」などとウワサを立てられ、これを真に受けたIOCからは再検査通告。納得できるだろうか。元マラソンランナーのスポーツライターが書いていたように、「やっていないなら正々堂々とおしっこを出せばいいじゃない」で済ませてしまうのは、あまりに素朴に過ぎる態度だと思う。