当番弁護士制度とは


出動する弁護士も楽じゃない



 ピ〜ピ〜、ファックス機から文書が届いた音がする。

 「今日は、3件です」と事務員が教えてくれる。「3件はいいけど、どこの警察? どんな犯罪?」と言いながら、弁護士会から届いたファックス文書に目を通す。

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 みなさんは「当番弁護士」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ある日突然、警察に逮捕された人(被疑者といいます)に、初回に限って弁護士が無料で面会に行く制度のことです。

 面会に行った弁護士は、逮捕された人に保障されている権利や今後の手続、見込みなどについて話します。ご希望があれば、そのまま弁護人に就任し、国選弁護人がつけてもらえない起訴前の段階での被疑者の権利を守ります。

 逮捕された後の手続の流れは別表のとおりです。

 72時間以内に勾留決定(身体的拘束を続ける旨の裁判所の決定)が出なければ、釈放されることになります。しかし、一般的には逮捕されると、そのまま勾留決定が出て、警察署に留め置かれることが多いようです。

 この勾留決定をするにあたり、被疑者は裁判官の前で弁解する機会が与えられています。その際、裁判官から当番弁護士制度の説明があり、当番弁護士の派遣を希望するかを尋ねられます。

 この希望があった被疑者について、裁判所から弁護士会に連絡がなされ、弁護士会から各弁護士に当番弁護士出動のファックス文書が送られてくるのです。

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(ある弁護士の独白)

 う〜ん、今日は3件か。南警察署、港警察署、知多警察署ねぇ。南の方でまとめてくれたんだろうけど、遠いなぁ。罪名は、窃盗、覚せい剤に傷害か。どの順番で面会に行こうかな。やっぱり一番遠い知多警察署からかな。移動と面会の時間を考えると、最低四時間くらいはかかるだろうなぁ。今日は車で出勤しているからいいけど、電車で移動していたらもっと大変だよなぁ・・・。

 この当番弁護士が大切な制度であることは疑いようがない。

 無実の罪で逮捕された人を救うためには、被疑者の権利を説明し、犯してもいない罪を認めてしまうことがないよう十分に説得しておかないといけない。いったん、罪を認める自白調書が作成されてしまうと、裁判になってからひっくり返すのは大変なことなのだ。警察で罪を認めても法廷で裁判官に無実を訴えればわかってくれると思う人もいるようだが、現実の法廷は決して甘くない。

 また、罪を犯して逮捕された人であっても、当番弁護士が弁護人に就任して被害弁償を行ったことで起訴されずに済んだことも少なからずあるようだ。

 しかし、楽ではない。1回の出動で、報酬は交通費込みで1万円である(名古屋弁護士会の場合)。運転免許を持っていない弁護士に聞いたところでは、公共交通機関だと大回りで時間のロスになるのでタクシーを利用したら完全に足が出たそうである。

 また、この報酬にしても、元はと言えば私たち弁護士が収めた会費の中から支払われているに過ぎない。自分で自分の足を食べるタコのようなものである。

 さらに、外国人の被疑者も増えており、面会に行くにあたって、通訳を手配しなければならないこともある。通訳人の名簿はあるものの、連絡がとれなかったり、連絡がとれても時間の都合が合わなかったりして、面会に行く時間の調整が大変である。この通訳人の報酬・交通費も私たちが納めた会費の中から支払われる。

 注意を要するのは、知らない間に証拠隠滅に協力させられる危険が存在することである。家族・知人との面会を禁止されている被疑者から、家族への伝言を依頼される。覚せい剤事件などで「冷蔵庫の赤いプラスチック容器の中身はもう腐っているから捨てるように伝えて欲しい」などのケースである。本当に腐っている食べ物であれば伝言を拒否できないが、中身が実は覚せい剤だとしたら・・。悩みは尽きない。

 意気込んで面会に行ったのに、「無料だと聞いたので希望しただけで、別に弁護士と話すことはない」というケースも少なからずある。

 逆に、是非弁護人に就任して欲しいと何人もの被疑者から依頼されて、あちらこちらの警察署に何度も面会に行く必要が生じて、その後数日の予定が全く狂ってしまうこともある。

 それでも、一人でも無実の人の平穏な生活が侵害されることのないよう、当番弁護士制度を続けていくしかないし、必要なことだと思う。

 現在、議論されている司法制度改革において、起訴される前の被疑者段階でも国の費用で弁護人をつける制度が検討されている。ただ、国家予算の関係からか、国の費用で被疑者に弁護士をつけてくれるのは一部の重大事件だけのようである。しかし、事件が重大でなくても無実の罪で逮捕される人はいるはずである。逮捕されたすべての人に国の費用で弁護士を派遣する制度にするべきである。

 その日まで私たちの苦闘は続く。