不倫の代償




 告  白

 私は45歳。3年前までは、妻と二人の子どもをもつ、ごく普通のサラリーマンであった。
 毎日仕事に追われてばかりいた私の生活が変わったのは、3年前、同じ部署で働く部下の女性A子と交際を始めてからだ。会社の飲み会で話をして、気が合うことがわかり、交際を始めた。私は家庭に不満があったわけではないが、魔が差したというのだろうか、ついついA子に夢中になり、肉体関係をもってしまった。A子は独身であったが、私が既婚者であることを承知していて、A子から妻との離婚を求められたことはなかった。しかし、A子の気を引くため、妻に対する不満を漏らしたもの事実だ。このまま妻ともA子とも上手くやっっていければというのが本音だった。
 ところが、ある日、妻にA子との交際がばれてしまった。私は正直にA子との交際を認め謝罪したが、妻は私を許してくれず家を出ていった。
 しばらくは妻や子供のことで悩んでいたが、次第に、このまま妻とよりが戻らなければA子と再婚してもいいかと思い始めていた矢先、今度は、A子が私を訴えると言い出した。
 「奥さんから訴えられた。あなたが、妻とは上手くいっていないと言って誘ってきたから、つきあったのに、どうして私が訴えられるの。私もあなたに騙されたんだから、あなたを訴えるわ」
 こうして、私は、妻から離婚と慰謝料を請求され、A子からも慰謝料を請求されることになった。A子もまた、妻から慰謝料を請求されている。
 軽い気持ちで陥ってしまった不倫。その代償がこんなに大きいとは思わなかった。
 
 「不倫は文化」というタレントの発言が話題になったことがありましたが、冒頭の告白にある通り、「不倫の代償」は大きいものです。
 最近は不倫という言葉が定着しているようですが、法律上は「不貞」と表現されます。不貞とは、夫婦の一方が、配偶者以外の異性と肉体関係をもつことを言い、民法では、離婚原因の最初に掲げられています。つまり、夫婦には相互に貞操を守る義務(貞操義務)があり、他方がその義務に違反した場合には、相手方配偶者から離婚を請求されるというわけです。ちなみに、不貞をした配偶者(「有責配偶者」といいます)から相手方配偶者に対して離婚が請求できるかという問題がありますが、最近は、未成熟の子供がいないこと、相手方配偶者と子供が経済的に困窮しないこと、一定期間の別居が続いていることなどにより夫婦生活が破綻していると認められる場合には離婚を認められるケースが出てきています。

 さて、夫婦の一方による不貞は、相手方配偶者に対する貞操義務に違反し、平穏な婚姻生活を破綻させる不法行為です。そのため、これにより家庭を崩壊させた配偶者は、相手方配偶者に対し慰謝料を支払う義務が出てきます。
 そこで、冒頭の告白のように、妻が夫の不貞相手の女性に対して慰謝料を請求するケースを考えてみましょう。
 不貞は、夫一人だけでなく、夫と不貞相手との共同行為です。つまり、夫と不貞相手は共同で、妻の貞操要求権や平穏な婚姻生活を侵害しているわけですから、不貞相手は妻に対して、慰謝料の支払などの責任を負うことになります。慰謝料の額は、不貞の期間や程度、不貞に至る経緯、婚姻生活への影響などの諸要素を考慮して決まってきます。
 では、夫婦の間が既に冷め切っていた場合にはどうでしょうか。不貞が始まる時点で、既に夫婦関係が完全に破綻していて法的に保護されるべき婚姻生活が存在しないと評価される場合には、不貞相手は妻に対して責任を負うことはないと考えられます。
 しかし、冒頭のA子さんのように、夫から夫婦関係が冷え切っていると聞かされていただけで、実は夫婦関係は上手くいっていたという場合には、妻からみると家庭を壊されたことになりますので、A子さんの責任が認められる場合が出てきます。もっとも、夫がA子さんとの交際を続けるために、積極的に夫婦関係が上手くいっていないかのような言動を取っていた場合には、A子さんの責任が認められる可能性は低くなると考えられます。
 では、冒頭のケースで、A子さんが「妻とは必ず離婚する」と言われて不貞関係を持ったにもかかわらず、結局は離婚してくれなかった場合に、A子さんから男性に対して慰謝料の請求が認められるでしょうか。
 この場合、A子さんからの請求を認めることは不貞関係を法が保護することになりますので、簡単には認められません。しかし、男性が、離婚する意思がないにもかかわらず、A子さんを騙す意図で、あたかも離婚するかのような言動をとり、A子さんがそれを信じたような場合には、A子さんの請求が認められる場合があると考えられます。また、男性が既婚者であることを秘していた場合に、それを信じたA子さんから男性に対する請求が認められることは言うまでもありません。
以上の話は、夫が不貞をした場合だけでなく、妻が不貞をした場合も同じです。
 また、不貞相手(冒頭のA子さん)が既婚者であった場合も、他方配偶者にとっては平穏な婚姻生活を侵害されたことに変わりありませんから、不貞相手に対する請求は可能です。