リレーコラム

国連特別報告者デビット・ケイ氏が、特定秘密保護法を批判

秘密保護法対策本部  四橋 和久

 国連人権理事会が任命した特別報告者で「表現の自由」を担当する米カリフォルニア大アーバイン校のデビッド・ケイ教授が、記者会見において、日本政府によって脅かされる報道の自由、表現の自由の危機について語り、特定秘密保護法について次のような批判をしました。

 表現の自由に関連して、メディアに対して暗雲のようにかかるプレッシャーとして、特定秘密保護法があります。この特定秘密保護法については、どう解釈するかということについて、かなりの時間を要して政府のみなさんと話をしましたが、2つの懸念すべき点があります。

 1つ目の懸念は、それはジャーナリストに対する保護です。つまり非常にデリケートな、例えば日本の安全保障政策に関する何か記事を書くとか、震災に対する準備、あるいは原発に関する政策とか、こういった非常にセンシティブなことをジャーナリズムが記事にするときには、ジャーナリストは保護されているわけです。

 でも、こういった関心事は、日本の国民のみなさんにとって、もっとも関心の高いトピックであるにも関わらず、この特定秘密保護法のもとで機密であるということで、情報の開示を規制されうるトピックでもある。偶然なのかわかりませんが、もっとも国民の関心が高い部分が規制されうるのです。ですから、ジャーナリズムに対して厳しい罰はないという話を解釈で言うのではなくて、やはり法律を変えるというところから根本的に手を打つべきである。

 もう1つは、公益通報者保護法についてです。これは内部告発に対する保護の法律ですが、やはり一般社会に対して情報を届けようとするジャーナリストのみなさんに対して、内部告発をした者を守る力が非常に弱い。特定秘密保護法も含めてですが、公益通報者保護法もやはり実態としての力は弱いことを懸念している。結局のところ、内部告発をした人は良心から行ったことによって罰せられる、ということが起きる可能性がまだまだある。

 それ自体問題ですけれども、さらにもっと問題であるのは、日本の国民のみなさんが情報にアクセスすることができないということです。

報告

シンポジウム「秘密保護法を監視する」(3月26日 於 愛知県弁護士会館)

  1.  秘密保護法は2013年12月に成立した。一年後の14年12月に完全施行され、昨年12月に施行1年をむかえた。制定直前には反対運動も盛り上がったものの、今、秘密保護法に関心を持っている市民はどれだけいるのだろうか。いや、市民だけではない、弁護士も、だ。3月26日に開催されたシンポジウム「秘密保護法を監視する」は、秘密保護法に対する関心の「風化」に対する危機意識から企画された。

  2.  はじめに、法制定の前後を通して問題点の取材を続けてきた毎日新聞の青島顕記者による「秘密保護法のこれから」という内容の報告が行われた。秘密保護法によって会計検査院が検査できない「領域」が生まれたことが、憲法90条に違反する、と会計検査院が指摘した。にもかかわらず、はっきりした改善がなされていないこと。政府内の監視機関も、僅か165件の文書を見ただけで、合格のお墨付きを与えた。しかし165件は、秘密を指定した省庁自身が選んだものであったこと。国会議員によって構成される情報審査会が、議席数に比例して議員が選出されるため、多数決によって特定秘密の指定の監視が十分できないこと。同審査会に内部告発者の保護の制度が未だに作られていないこと。あの2013年12月の法制定直前に、政権が何とか法を通そうと安請負した濫用防止の制度が、予想通り、機能していないことが次々に指摘された。秘密保護法によって目に見えてかわったことがないからといって、安穏としてはいられない。秘密保護法は有事が起こった時に威力を発揮するはずだ、という同記者の指摘には説得力があった。

  3.  休憩を挟んでパネルディスカッションが行われた。これには筆者も参加し、秘密保護法の立法過程の文書が法制定前には国会議員に対しても国は公開しなかったこと、法制定後は、情報の公開によって外国との関係に不当な影響を及ぼす、という内容に不開示事由を変えてきたこと、取消訴訟で地方裁判所が国の判断を全面的に認めたことを報告した。また、市民代表として参加した内田隆氏は、自身が事務局をつとめるNPOで特定秘密を対象とした不開示決定に対して異議申立を行っていること、何が秘密かもヒミツにするばかりか、不開示情報の枚数すら明らかにしないこと、その一方で、審査会で行われる筈のインカメラ審理が特定秘密の指定の濫用に対してはある程度の歯止めになるのではないか、といった点が報告された。討論の中で筆者は、秘密保護法の影響として、「安全保障」「テロ」「スパイ」といった秘密保護法が用いる用語に対する「慣れ」が情報の「不開示慣れ」を行政機関にもたらすとともに、誤った社会通念となって情報公開や裁判例の後退をもたらしているのではないか、という指摘をした。そして、秘密保護法運用の懸念、というテーマで筆者と青島氏の意見が一致したのは、秘密保護法違反容疑による捜索、差押えの危険だ。逮捕をする必要はなく、捜索、差押えで公安によって情報が収集されてしまえば、それでもはや報道はできなくなるからだ。すでに私戦予備罪の容疑でフリーライターのパソコンが押収されているが、私戦予備罪に比べて、秘密保護法違反容疑による捜索差押えは、より、やり易くなるだろう、と。

  4.  秘密保護法の濫用を防ぐのは、現在のところ、ジャーナリストと市民の監視である。困難な課題であることは間違いない。だからこそ、今、秘密保護法について考える意義を実感したシンポジウムであった。(了)