会報「SOPHIA」 平成22年4月号より
子どもの事件の現場から(94)
少年の裁判員裁判
〜少年法55条移送を求めて〜

会員 鈴 木 弘 子

平成21年5月、前田義博会員に、罪名「強盗強姦」の19歳少年の被疑者弁護の共同受任のお話をいただいた。前田会員と共に初回接見に赴くと、そこには、ニコニコと笑う中性的な少年が。「強盗強姦」のイメージとかけ離れた少年に驚くと同時に、大きな違和感を覚えた。接見を重ねるうちに、彼の成育歴には大きな問題があるということが分かってきた。しかし、家庭裁判所で検察官送致決定が出され、彼は裁判員裁判を迎えることになった。

逆送後、一番苦慮したのは、情状鑑定である。鑑別結果通知書や調査官意見書を見ても、彼が何故非行に及んだのか腑に落ちなかった。そこで、名古屋ファミリー相談室の澤井先生に情状鑑定を依頼した。裁判所に対し、情状鑑定人が、拘置所で、アクリル板越しでなく時間制限もない面会ができるよう申入れをしたものの、公判期日が迫ってきているため難しいと言われてしまった。結局、無理を言って、鑑定書の早期作成を約束していただくことにより、心理テストのみアクリル板越しでない面会が実現した。このときの苦労から、家庭裁判所の段階で、もっと精緻に調査するよう求めたり、精神鑑定をするよう求めるべきであったと、大きく後悔した。

公判では、彼を少年院で育て直しする必要があると考え、少年法55条移送を求めることにした。彼の人格上の問題点と可塑性を強調するとともに、少年院は楽ではなく、彼の更生に資するということが伝わるよう努めた。少年院と少年刑務所の違いを分かってもらうため、元法務教官である木下裕一弁護士(大阪弁護士会所属)に証人として出廷していただくことになった。

公判になると、意外にも、彼に同情的な裁判員もいた。ある女性裁判員は、彼の母親に対する補充尋問で、「彼を抱きしめてあげてほしい。」と語りかけ、それを聞いた彼は涙を流した。また、ある男性裁判員は、補充質問の際、彼に、「君は自分のことを好きですか。」と尋ねた。彼が、「自分を好きだと思ったことがない。」と言うと、「私は、自分の経済的な境遇が君と重なる。君には自分のことを好きになってほしい。」と言ってくれた。

裁判員の様子から、もしかして、という期待もあったが、判決は、求刑通り、懲役5年から10年の不定期刑であった。

判決の後、接見に行くと、彼は「結果は分かっていた。ただ、判決言渡しのとき、裁判員の中に涙ぐんでいる人がいて、ぐっときた。」と静かに言った。

裁判員裁判では、裁判員の理解、能力の限界の名の下に、審理の効率化が推し進められてしまう。裁判員裁判は、本来最も尊重すべき被告人を置き去りにしてしまっている面が多分にあると思う。特に少年には公判の精神的負担が大きく、出来る限り逆送を避けるべきなのは言うまでもない。

しかし、今回の裁判員裁判で、見ず知らずの大人たちが、彼の成育歴に同情し、彼の未来を真剣に考えてくれた。そのことは、彼の今後に少なからず良い影響を与えたと思う。

判決文を読み上げた後、裁判長は、「裁判員の中には、君の更生の可能性を信じて涙を流した人もいる。」と言われた。裁判員の気持ちを無駄にしないため、彼が今後自分を少しでも好きになれるように、自分に何ができるか考えている。