《新法令勉強コーナー》
    「共謀罪」法案、衆議院解散により廃案に。
    その背景と内容を振り返る。


司法制度調査委員会刑事部会 福本 博之

■平成15年春の国会で継続審議となり、先の衆議院解散によって、国会で審議されないまま、「共謀罪」法案は、一応、現時点では廃案となった。
 一般市民にもまだ十分に知られないままに法律案として衆議院に提出された「共謀罪」について、今一度、ここで振り返ってみたいと思う。

■この問題は、1992年、イタリアのシシリー島において、ジョバンニ・ファルコーネ判事がマフィアによって暗殺されるという事件に端を発している。同判事は、バオロ・ボルセリーノ判事とともに、1987年、合計338人のイタリア・マフィアに有罪判決を下した「パレルモ大裁判」の立て役者であった。しかし、1992年5月23日、シシリー島のパレルモ空港近くの高速道路に仕掛けられた500キロものTNT爆弾が炸裂し、これが3台の車を直撃。ファルコーネ判事は妻とボディガード3人とともに殺害された(その57日後、今度はパレルモ市街で車に仕掛けられていた爆弾により、5人のボディガード、1人の通行人女性とともに、ボルセリーノ判事も殺されることになる)。

■この亡ファルコーネ判事を偲んで設立された財団によってまとめられた、越境的な組織犯罪防止のための条約起草に関する非公式会合での報告書に対し、1997年12月、国連総会は、これを正式に「注目する」ことを表明し、1998年12月、国連総会において、国際的な組織犯罪防止のための包括的な条約を起草するための開放型の政府間特別委員会の設置が決定された(「越境組織犯罪防止条約起草のためのアド・ホック委員会」)。同委員会において1999年1月から起草作業が続けられ、2000年12月、「国連越境組織犯罪防止条約」が国連総会にて採択され、日本政府もパレルモで開催された署名式で、この条約に署名した。
 このような流れを背景として、国内では、1999年2月に「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」が、同年8月に「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」がそれぞれ施行されている。

■さて、同条約の5条1には、次の内容が定められている。
締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
(a) 次の一方又は双方の行為(犯罪活動の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする)

 金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のために、重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意すること。但し、国内法により必要とされるときは、そのような合意であって、その参加者の一人による当該合意を促進する行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの

 組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は犯罪を行う意図を知りながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為

 組織的な犯罪集団の犯罪活動

 組織的な犯罪集団のその他の活動であって、当該個人が、自己の参加が犯罪の目的の達成に寄与することを知っているもの

 以下に、前者を「共謀罪」、後者を「参加罪」というが、同条約により締約国はこのうちのいずれか一つを国内法化することを義務づけられることになる。
 当該条項につき、日本政府は国連での審議当初は、「このように、すべての重大犯罪の共謀と準備の行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない。さらに、我々の法制度は具体的な犯罪への関与と無関係に、一定の犯罪集団への参加そのものを犯罪化するいかなる規定も持っていない」という意見を提出していた。

■ところが、条約が制定されると、その態度は一変し、条約の求める範囲を超えるような法律案が法制審議会の答申を経て、法務省により衆議院に提出されるに至った。当該法律案は先の「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正」という形式を有し、その内容は次のとおりである。
第六条の次に次の一条を加える。
(組織的な犯罪の共謀)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者は、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を軽減し、又は免除する。

 死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮

 長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪 二年以下の懲役又は禁錮


■この「共謀罪」(法務省案)については、日弁連は次のような問題点を指摘している。
(1) 共謀罪は、予備罪よりも前の犯罪の合意段階から処罰するもので、今回の法律案により、約560の罪について、新たに共謀のみの段階で処罰できることになる。
(2) 共謀共同正犯では、処罰のためには少なくとも犯罪の実行に着手されていることが必要であるが、今回の共謀罪は、合計560にものぼる長期4年以上の刑期を定めるすべての犯罪について、「団体性」と「組織性」とがあれば、犯罪の合意のみで処罰が可能となる。
(3) 条約第1条は、「組織集団」の定義として、「3人以上の者からなる組織された集団であって、直接又は間接に金銭的利益その他の物質的利益を得るため、一定の期間継続して存在し、かつ、一又は二以上の重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として協力して行動するものをいう」としており、あくまで、組織犯罪集団はマフィアや暴力団など専ら犯罪だけを目的としている団体に限定しようとしている。
 ところが、法務省案は「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者」というのみで、条約のような限定がなされていない。「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」の規定の仕方をそのまま踏襲している。従って、対象となる団体は、普通の会社や市民団体、サークル、労働団体、NPO等も当然に含まれてくることになる。
(4) 条約は、単なる合意のみでは足らず、さらに「合意を促進する行為」(予備的・準備的行為)を必要と定めている。しかしながら、法務省案では、犯罪の合意のみで共謀罪が成立してしまうことになり、条約を超えてその成立範囲が大きく拡大されている。
(5) 共謀罪には結果の発生は不要であるから、犯罪捜査は主に人々の会話・電話・メール等の通信内容を監視することに重点が置かれる。すなわち、通信傍受の適用範囲は大きく拡大することになる。

■このように、「共謀罪」(法務省案)には大きな問題点が含まれている。「組織犯罪対策」「テロ対策」という名目のもとに、ほとんどの国民が知らない間に、処罰範囲を飛躍的に拡大させ、また早期化する刑法の全面的改正に他ならない。
 冒頭に述べたように、今回、「共謀罪」(法務省案)は衆議院解散により廃案となった。
 しかし、再び、同様の法律案が提出される可能性が非常に高いことだけは間違いない。