中部経済新聞2016年06月掲載
「『刑の一部執行猶予』始まる

覚せい剤で逮捕された元プロ野球選手の裁判のニュースを見たよ。少し前には有名な歌手も有罪判決を受けていたし、覚せい剤って怖いね。

違法薬物で逮捕される事例は、残念ながら後を絶ちませんね。

最初は執行猶予がつく人が多いらしいけど、何度も捕まる人も多いと聞くからなあ。更生っていうのは難しいんだね。

そうですね。執行猶予といえば、今月1日から、「刑の一部執行猶予」という制度が始まったんですよ。


【刑の一部執行猶予とは】

一部執行猶予?初めて聞くけど、どういうものなの。

刑の一部執行猶予とは、簡単に言えば、実刑判決を言い渡す場合に、その刑の一部の執行を一定期間猶予する制度のことです。
 例えば、「被告人を懲役2年に処する。その刑期のうち4カ月間の執行を3年間猶予する。」という判決だとすると、まず1年8カ月間刑務所に入り、外に出てきてから3年間を無事に過ごせば残りの4カ月は服役しなくてもよいということになります。

これまで全部執行猶予とされていたものを一部執行猶予とするのではなく,本来全部実刑となるケースで用いられることになるようです。

なるほどね。その一部執行猶予というのは、どんな場合でも言い渡すことができるの。

実は、刑の一部執行猶予は、刑法の改正によりできた規定と、新しく制定された薬物事犯の場合の特別法によるものの2通りあるんです。
 刑法の規定としては、@前科に関する一定の要件に加え、A「犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ相当である」という要件を満たす場合に一部執行猶予の判決を言い渡すことができます。この場合、対象犯罪に限定はありません。

 他方、覚せい剤の自己使用や単純所持と言った薬物事犯の場合、特別法により前科に関する要件が不要とされ、より広く一部執行猶予判決を言い渡すことが可能となっています。

じゃあ、刑の一部執行猶予の判決を受けるのは薬物事件の人が多くなるってことなんだね。

そうなる見込みですね。

でも、薬物依存の人の場合、早く外に出てきたらまた薬物に手を出してしまうかもしれないから、むしろ一部でも執行猶予なんてつけないで全部刑務所に入った方が薬物依存を断ち切れる気もするけどなあ。

たしかに、刑務所にいる間は薬物を使用できませんからね。ただ、薬物事犯に限りませんが、長期間刑に服するということは、それだけ社会とのつながりが断たれてしまいますから、出所後の更生が難しくなるという面もありますよね。

うーん、それは確かにそうだね。

この刑の一部執行猶予制度は、刑務所という施設での生活と社会内の処遇をうまく連携させることによって再犯を防止することを目的としています。
 薬物依存の場合、本人の努力のみでは依存を脱するのが難しい場合も多いですから、社会に出たときに適切な治療などを受けられることが再犯防止にとってより重要になってくると考えられているんですよ。

そうか。長期間刑務所に入っても出てきてからまた薬物に手を出すんじゃ意味がないからね。

そのとおりです。そのため、特別法の規定により一部執行猶予とする場合、執行猶予期間中保護観察に付することが必須となっています。


【執行猶予期間中の保護観察】

保護観察って、言葉自体はよく聞くけどどういうものなの。

保護観察というのは、社会内で定まった住居に住みながら、定期的に保護観察官や地域のボランティアである保護司の面接を受けるというものです。決められた約束事を守って生活するよう指導監督を受けるとともに、住居や仕事の確保も含めた生活環境の調整についても支援を受けることになります。

普通に出所するのと違って、外に出たらすぐに専門家や第三者の指導を受けて暮らすことになるんだね。

そうですね。保護観察所には薬物だけでなく、性犯罪や暴力等についての処遇プログラムが用意されており、保護観察となった人はその人に応じたプログラムを受けることになるでしょうね。
 また、保護観察所によるものだけではなく、民間の機関によるプログラムや病院での治療を受けることも考えられます。

そういうことなら、刑の一部執行猶予っていうのもいい制度に思えてきたなあ。

ただ、刑の一部執行猶予に全く異論の声がないわけでもありません。

え、そうなの。

まず、「懲役2年のうち4カ月間につきその執行を3年間猶予」の場合、実刑に服する1年8カ月と、その後の執行猶予期間3年の合計4年8カ月間、自由が制約されることになりますから、2年間刑務所に入る全部実刑の場合と比べて、むしろ厳罰化だとして反対する声がありますね。

執行猶予ってそんなに楽なものじゃないんだね。

何より、保護観察付きの一部執行猶予が増えることが見込まれるため、保護観察所のみならず、民間機関や医療機関と連携していかに実効性のある具体的な更生プログラムを組んで実現するかという点も問題になってくると思われます。

そうなると、一部執行猶予制度がどのくらい有用かはまだわからないってことなんだね。

そうですね。まだ始まったばかりの制度ですから、実際の運用状況を十分に見ていく必要がありそうです。

いずれにしても、罪を犯してしまった人の更生については、社会全体で考えていく必要がありますね。

そうだなあ。更生とは何か、ちゃんと考えるいい機会になりそうだよ。

そういえば、以前、保護司をやってみないかと誘われたことがあったな。こんな風に役に立てるなら、考えてみようかな。