中部経済新聞2012年6月掲載
【言わせてチョ】 生活保護と扶養義務

人気芸人の母親が、最近まで生活保護を受給していた事実につき、国会議員らが受給の実態調査に乗り出したというニュースがあった。

成人した子に十分な収入があるケースにおいて、収入のない親の生活保護受給が問題とされうるのは、生活保護法4条2項に、「民法に定める扶養義務者の扶養」は「すべてこの法律による保護に優先して行われるもの」(親族扶養優先主義)との規定があるからだ。

そして民法877条1項では、「直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養をする義務がある。」と定められている。

ただ、親に対する成人した子の扶養義務は、扶養義務者に余力がある限り、自己の地位と生活を犠牲にすることがない程度に生活に困窮する親族を扶養すべきという義務(生活扶助義務)であって、「子ども」に対する親の扶養義務のように、要扶助者に自己と同程度の生活を維持させるべき義務(生活保持義務)ではない。

成人した子は自身の生活を犠牲にしてまで親を扶養すべき法的な義務はないので、生活保護受給者に、収入がある成人した子がいたとしても、親の生活保護受給が直ちに生活保護法4条2項の親族扶養優先主義に反するわけではない。

そもそも、扶養援助を受けられる親族が「いないこと」は生活保護受給のための要件ではなく、そのような親族がいるからといって、生活保護が受けられないわけではない。

だが現実には、生活保護の申請に行っても、成人した子を頼るように言われ申請用紙すら貰えない、という話も耳にする。

生活保護を受給できなかったがための餓死や孤独死の事件も毎年のように報道される。

冒頭の人気芸人の事例の受給実態がどうであったかはともかく、そのような相当に特殊な事例を機に、生活保護の申請窓口で、成人した子は親を養うべきという道徳の押しつけが強くならぬよう願う。

道徳の押しつけは、誠実な困窮者ほど保護から排除する。

筆者にも、生活保護申請に同行した際、親族に要保護者の扶養に協力を求める通知が届くことを知った当事者が、「身内に頼めるならとうに頼んでいる。役所から通知が行くだけでも迷惑になる。」として、自ら保護の申請を辞退してしまったという苦い経験がある。

生活保護の申請窓口が道徳を押しつけ、申請に法律上求められていないハードルを課すなら、本当の困窮者を保護から遠ざけ、餓死や孤独死の悲劇を繰り返すことになろう。

(A・S)