中部経済新聞2012年4月掲載
部屋の賃貸借に関するトラブル
 はあ・・・。
 どうしました、元気がありませんね。
 実は、息子が大学に進学して、今月から東京で一人暮らしを始めたんだよ。それで寂しくてねえ。子離れをしないといけないんだけどね。
 親元を離れての一人暮らしですか。それはご心配ですね。
 トラブルに巻き込まれたりしないか、心配でね。息子は、下宿を借りるときも、どうにも頼りなかったからねえ。そうだ、今日は、部屋を借りるときに注意しないといけないトラブルについて教えてよ。息子にアドバイスしてやりたいんだ。
 分かりました。部屋の賃貸借に関するトラブルで多いのは、やはり退去時の原状回復や敷金の返還をめぐるトラブルでしょう。
 ふうん。具体的にはどういったトラブルなんだい。
 たとえば、部屋から退去するときに、敷金から多額の修繕費用を差し引かれてしまい、敷金を返してもらえないというようなトラブルですね。
 敷金って、退去するときに全額返してもらえるんじゃないの。
 敷金は、賃借人が賃料を滞納したり、不注意で部屋を破損したりした場合などに賃貸人が受ける損害を担保するために、賃借人が賃貸人に預け入れるものです。ですから、部屋から退去するまでに賃貸人に対する債務が生じていれば、その分を敷金から差し引いた残額が返還されることになります。賃貸人は、修繕費用は賃借人が負担すべき債務だと主張して、修繕費用を敷金から差し引くというわけですね。
 そういえば、賃貸借契約書に、物件を原状回復しなければならないと書いてあったなあ。退去するときには、こちらが修繕費用を負担して、入居したときの状態に戻さないといけないってことになるのかな。
 いいえ、必ずしもそうではありません。賃貸借における原状回復は、賃借人が借りた当時の状態に戻すということではありません。特約がない限り、賃借人は、借りた部屋が、契約によって定められた使用方法に従い、通常の使用方法で使用していればそうなったであろう状態であれば、入居時よりも状態が悪くなっていたとしてもそのまま返還すればよいのです。故意や不注意、通常でない使用方法によって部屋を汚損、破損した場合には修繕費用を負担することになりますが、経年劣化や通常の使用による損耗についてまで、修繕費用を負担する必要はありません。
 しかし、どこまでが通常の使用による損耗といえるのかは、いまいちはっきりしないね。
 確かに。この問題については、国土交通省住宅局が平成23年8月に公表した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」が参考になると思いますよ。ガイドラインでは、たとえば、家具の設置による床やカーペットのへこみ、日照による畳の変色、フローリングの色落ちなどは通常の使用による損耗とされています。
 特約がない限り、ということだったけど、特約がある場合には、通常の使用による損耗についても修繕費用を負担しないといけないのかな。
 特約が有効であればそうなります。しかし、信義誠実の原則に反し、消費者の利益を一方的に害する特約は消費者契約法によって無効となるなど、特約は、その内容によっては無効となることがあります。ただ、特約の有効、無効について、明確な基準はありませんので、案件ごとに弁護士にご相談いただくといいでしょう。
 それで、トラブルを防ぐためにはどうしたらいいんだろうか。
 まずは、入居時の部屋の状態をきちんと確認しておくことですね。損耗が入居時からもともとあるものなのか、入居後に生じたものなのかをめぐってトラブルになることも多いですからね。できれば賃貸人にも立ち会ってもらって、部屋の損耗の有無や具体的な状況を確認しておくとよいでしょう。確認すべき箇所などについては、先ほどのガイドラインに掲載されている確認リストが参考になると思います。それに、部屋の状態、特に、損耗の状態を写真に撮っておくとよいですね。
 写真を撮っておけば、トラブルになったときでも証拠になるわけだ。
 また、部屋を借りるときには、賃貸借契約書をよく読んで、退去時の原状回復の内容などをしっかり確認し、内容を理解した上で契約することも重要です。賃貸借契約書をよく読んでいれば未然に防げたはずのトラブルは少なくありません。
 なるほど。息子にもすぐに教えてやるよ。それに、部屋の状態を確認するために東京に行かないとな。
 やれやれ、社長の子離れはまだまだ先になりそうですね。