中部経済新聞2011年11月掲載
未払い残業代の支払い請求
この間、ゴルフ仲間の社長が、退職した従業員から多額の未払い残業代を請求されて困っているって悩んでいたんだが…。
最近、退職者による未払い残業代の請求が増えているそうです。
そうなんだ。そもそも残業代とは、厳密には、どういうものなのだい?
 使用者は、原則として、休憩時間を除いて、週に40時間を超えて労働させてはならないと労働基準法で規定されていることは、知っていますか?
 あぁ。1日に8時間を超えてもいけないんだろ。
よくご存知ですね。また、1週間に1日あるいは4週間に4日という法定休日に休日労働することも原則として禁止されています。 このように、労働基準法上の時間外労働や休日労働は原則として認められないのですが、労働基準法36条に基づき、使用者とその事業場の労働者の過半数で組織する労働組合、又は事業場の労働者の過半数の代表者とが、時間外労働や休日労働について協定を書面で締結し、行政官庁に届け出た場合には、例外的に許されることになります(36協定)。

うちの会社も、36協定を締結していたな。
さらに、従業員に時間外労働・休日労働をさせるためには、36協定以外に、就業規則等に時間外労働・休日労働についての規定が必要です。そして、労働基準法では、使用者が従業員にこうした時間外労働・休日労働をさせた場合には、一定の割増率を乗じた割増賃金を支払わなければならないとされています。
なるほど。法定の労働時間や休日は、守らないといけないということだね。 ただ、労働時間といっても、更衣室で着替える時間や後片付けの時間などもあるよなぁ。このような時間も労働時間にあたるの?
労働時間にあたるかどうかは、使用者の指揮命令下にあるかどうかによって、判断されることになります。そのため、後片付けの時間も、従業員に義務付けられている場合には、労働時間に該当すると判断されることになると思われます。具体的には、業務の内容などにも関係するので、個別に相談してください。
なるほど。場合によって、労働時間にあたることもあるということだね。 ところで、社長の立場から言うと、勝手に残業されて、残業代を請求されても困るんだけどなぁ。
一般に、使用者が知らないまま、労働者が勝手に業務に従事した時間までは、労働時間に算入されないとされています。
 えっ、どういうこと?
使用者が残業を禁止していたり、残業を許可制にしているのに許可を得ないで行ったりしたような場合には、使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできません。そのため、このような場合には、時間外労働に対する割増賃金の請求が認められないことになります。
なるほど。
ただし、こういった自発的残業であっても、「使用者の黙示の指示があった場合には、労働時間となる」という裁判例もあるので、注意してください。
残業することを黙認していたような場合だね。
そのような場合には、実質的には、命令しているようなものですからね。
では、後から多額の未払い残業代を請求されないようにするためには、どういうことに注意したらよいのかな。
まず、使用者の指揮命令下にある「労働時間」の把握が必要です。次に、残業についてきちんと把握するために、時間外労働について、「所属長の指示がある場合、あるいは、社員が申請し、承認された場合にのみ行うことができるものとする。」というように、就業規則で明記しておくとよいでしょう。
なるほど。そのようにきちんと決めておいて、労働時間を適切に管理するとよいのだね。 ただ、課長などの管理職については、残業代を支払わなくてもよいんだろ。
管理監督者については、事業や業務の特殊性から、労働時間などを、一律に規律するのは適当ではありません。そのため、労働基準法では、労働時間等の適用が除外されています。 ただ、管理監督者であるからといって、直ちに残業代を支払わなくてもよいというわけではありません。
えっ、どういうこと?
裁判例では、管理監督者とは、「経営方針の決定に参画し或いは労務管理上の指揮権限を有する等、その実態からみて経営者と一体的な立場にあり、出勤退勤について厳格な規制を受けず、自己の勤務時間について自由裁量権を有する者」としています。そのため、名称が管理職であっても、経営者と一体的な立場にあるとはいえないような場合には、管理監督者に当たらないとされる可能性があります。最近の裁判例では、ハンバーガーチェーン店の店長について、管理監督者にあたらないとされました。
なるほどね。名ばかり管理職では、管理監督者にはあたらないということか。
そうです。経営者と一体的な立場にあるかどうかは、職務の内容や権限などから、判断されることになります。部下の人事考課や機密事項に関与していない銀行の支店長代理が管理監督者に当たらないとされた裁判例もあります。
支店長代理という役職であれば、管理職のように思ってしまいそうだけど、実態が重要なんだね。
管理監督者となるためには、経営上の重要事項に関する業務を担当していたり、管理職の待遇を受けていたり、残業するかどうかの決定権限があるなどの事情が必要であるということです。
なるほど。管理職にあたるかどうかは、残業代が発生するかどうかに関係するから、重要だね。
そのほか,機密取扱者の場合や手当が支払われている場合など、微妙なケースがありますので、個別に相談して頂くことをおすすめします。
そうするよ。
次に、法定割増賃金率については、時間外労働は原則として25%以上、休日労働は35%以上となっています。ただ、時間外労働の割増賃金率については、平成22年4月1日に施行された労働基準法の改正によって、当該月の時間外労働が60時間を超える場合には、従来の25%から50%と引き上げられたので、注意が必要です。 また、労働基準法上、深夜労働(午後10時〜午前5時)に対しても、25%以上の割増賃金を払う義務が定められています。その為、時間外労働の結果、深夜に労働していたときには割増賃金が合算されることになりますので注意して下さい。
かなり引き上げられるんだね。中小企業は、大変だろうな
はい、そのような意見がありまして、一定の中小事業主については、当面、猶予措置が設けられています。猶予措置の対象となる中小事業主の範囲は、業種によって異なるため、詳細については、弁護士におたずね下さい。
特別な猶予措置があるんだね。
そうです。そのほか、1か月60時間を超えて時間外労働を行わせた使用者について、労使協定により、法定割増賃金率の引上げ分の割増賃金の支払に代えて、有給の休暇を与えるという、代替休暇制度も新設されています。今回のこれらの改正は、従業員が長時間労働によって、健康を害することがないようにするためのものです。
確かに、従業員の健康問題は、会社にとっても重要なことだからなぁ。私も、これを機に、労働環境を見直して、時間外労働等がないように注意するとともに、万一、時間外労働等が発生したときには未払いがないか注意するよ。