新信託法について
旧信託法が制定されたのは,遙か大正一一年。その後,社会経済活動が激変したことは言うまでもありません。営利性ある商事信託について規制緩和の要請が強まる一方で,高齢化社会到来に備え,営利性に捉われない民事信託・福祉信託に対する社会的ニーズも高まりました。そこで,平成一六年の信託業法改正に続き,信託法も改正され,平成一九年九月三〇日から施行されています。
社長

 実は最近,「遺言」を残したいと思っているんですが,相談にのってもらえますか。

弁護士

 勿論いいですよ。具体的に希望はあるのですか。

社長

 うちは子どもがいなくて両親も既に他界しているので,私が死んだら妻と私の弟が相続人だと思うんですが,せっかく築いた財産ですから,全部妻に遺したいんです。

弁護士

 それなら奥さまに全財産を遺す遺言書を作成すれば問題ありませんよ。相続人の一定の権利である遺留分は兄弟にはありませんからね。

社長  でも,一旦妻に全財産が渡った後,妻が死んだ時,あの義姉に財産がいってしまうのも嫌なんです。だったら,弟が相続してくれた方がいいんですが,そんな遺言は遺せませんか。
弁護士  社長も我がままですねえ。でもその気持ち,何となくわかりますよ。ただ,残念ながらそういった内容の遺言,つまり第一次受遺者のほかに,第二次受遺者も指定する遺言(後継ぎ遺贈型遺言)は無効なんです。でも,最近改正された信託法では,信託の形式をとれば内容的には実現できるようになりましたよ。
社長  えっそれはどんな方法ですか。別に遺言でも信託でも,希望がかなうならいいですけど,そもそも「信託」って何ですか。
弁護士

 「信託」というのは,簡単に言うと,特定の人が,一定の目的に従って財産の管理や処分等をすることです。信託財産を提供する人を委託者,信託財産を管理する人を受託者,信託財産から利益を受ける人を受益者と言います。先程の例で言えば,受遺者にあたる人が受益者となりますが,新信託法では,この受益者を第一次,第二次と連続的に定めることが可能になったのです。一般には,「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」と呼ばれています。社長の場合なら,奥さまが第一次受益者で,奥さまが亡くなることを条件に第二次受益者を弟さんと定めることになると思います。

社長

 それ,いいですね。
家制度復活って感じもして長男としても嬉しいな。

弁護士  ただね社長,民法上の相続制度は当然尊重しないといけないから,受益者連続信託には,信託の時から「三〇年」という期間制限がありますからね。
社長

 そっか,でも三〇年以内なら,私の希望は現実化しそうですね。それにしても私の事例だけでも,画期的改正のようだけど他にも便利になったのかな。

弁護士  社長,よくぞ聞いてくれました。実はこれまで信託というと,信託銀行が財産の投資運用的に手掛けてきたものが中心でしたが,今後は,高齢化社会に備え,幅広く福祉的側面から信託による財産管理を行うことが期待されているんです。
社長

 ふ〜ん,でも高齢者の財産管理って,以前,成年後見制度が出来たから大丈夫って言ってなかった?

弁護士  さすが社長,よく覚えていましたね。でも成年後見制度は,判断能力が減退していないと使えないんです。つまり,難病や重度の身体障害があっても,それだけでは利用できないし,判断能力はあっても,単純に財産管理は面倒だっていう人もいますしね。その他,保佐人が選任される程度にのみ判断能力が減退している人が,次々に財産を浪費する契約を締結してしまう場合,保佐人に与えられる事後的取消権だけでは,必ずしも十分な財産管理が出来ないんですよ。
社長

 ん〜なんかよくわかんないけど,とりあえずニーズがあるんだね。じゃあ,具体的にはどんなやり方をするのかな。

弁護士

 例えば,お年寄りが,その所有財産について,自らを受益者とする自益信託を設定し,専門家あるいは福祉施設等を受託者として信託契約を締結する方法が考えられます。更に,委託者となるそのお年寄り自身に,信託が適切に行われているか監視する自信がなければ,信託監督人や受益者代理人を選任することもできます。

 その他,福祉的利用としては,障害のある子どもの親が自分が死んだ後の子どもの生活保障を図る目的で,子どもを受益者とする他益信託を設定し,受託者から定期的に生活費や療養費等を支払わせるという方法(特別障害者扶養信託)を設定することもできます。この場合六〇〇〇万円まで非課税とされたので利用促進が期待されているんですよ。

社長

 へえ,それは結構使えそうだね。他には。

弁護士  社長,急に信託に興味が沸いたようですね。それなら,その他としては,社長の会社のような中小企業の事業承継にも利用価値があるんじゃないかと言われていますよ。
社長

えっ?事業承継に。

弁護士  そうなんです。信託業法の改正で受託可能財産の制限が撤廃されたことによって,知的財産権の世界では既に,資金調達方法として権利を信託して受益権を発行するといった方法が取られているんですが,同様に特定の事業部門を自己信託して資金調達を行う方法が考えられています。更には,後継者に営業財産を信託して事業を承継させ,事業に無関係な相続人には受益権を与えるといった方法(受益証券発行信託)で事業承継対策をたてることも可能になっているんですよ。
社長

 でもその話って,何だか有益事業部門を抱える会社でしか使えないような気がするなあ。

弁護士  確かに資金調達を目的とする場合はそうですが,これから創意工夫して実践されることによって,色んなバージョンを期待できる方法だと思いますよ。だから個人的には,福祉信託と同様に積極的に活用されるといいなと思っていますけどね。
社長

 そっか,うちは親族外承継で後継者を考えないといけないし,信託にするかどうかまた相談に乗って下さい。

弁護士

勿論,一緒に色々考えてみましょう。