会社法上の犯罪
社長

 昨年の秋ぐらいに新聞で読んだのだけど,会社を私物化して破綻させた英会話学校の前社長が,「特別背任罪」で告発されるかもしれないらしいね。この特別背任罪とはどういう犯罪なの?

弁護士

 特別背任罪とは,@株式会社の取締役や監査役など一定の地位にある者が,A自らを含めた会社以外の者に利益を図る目的または会社に損害を加える目的(図利加害目的)で,Bその任務に背く行為を行って,Cその会社に財産上の損害を加えた時に成立する犯罪で,会社法で定められています。その法定刑は,10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金,またはその両方となっています。
 株式会社の取締役等でなくても,他人のためにその事務を処理する者が,図利加害目的で任務違背行為を行って財産上の損害が生じれば刑法上の背任罪(法定刑は,五年以下の懲役または50万円以下の罰金)が成立します。ただ、特別背任罪は、現代社会において株式会社では多くのステークホルダー(利害関係人)がいますので、その株式会社を動かしている取締役等が背任行為を行った場合,社会の被る害悪がより大きく深刻になることから,刑が加重されているのです。

社長

 ということは,会社経営者が会社を私物化すれば特別背任罪になるんだね。

弁護士

 会社の私物化全てが特別背任罪になるわけではありません。特別背任罪の成立には先程お話しした四つの要件が必要になります。
なお、会社の私物化で勘違いされるケースが多いのが、背任と横領の違いです。

社長

 どう違うんだい。

弁護士

 簡単に基準を言えば、誰の「計算」で行為を行うか、ですね。
ここに言う「計算」とは,経済的効果の実質的な帰属先というような意味合いの言葉です。つまり,任務違背行為の経済的効果が会社に帰属せず,経営者個人に帰属する場合には,特別背任罪ではなく,業務上横領罪が成立することになります。

社長

 難しいね。もっとわかりやすく具体的に説明してよ。

弁護士

 例として,もともと苦しい会社の財務状況をさらに悪化させることを意図しながら,その社長が会社のお金で常軌を逸して高額な調度品を購入した場合を想定します。
 それをあくまで会社の応接室に飾るために,会社名義で購入したのであれば,その経済効果は会社に帰属して「会社の計算」となるので,特別背任罪の成否の問題となります。
 しかし,そもそも社長の個人名義で購入した場合や,たとえ形式的に会社名義で購入しても実質的には社長の個人的鑑賞用にすぎない場合であれば,その経済的効果は社長に帰属するので「個人の計算」となるでしょう。これらの場合は,業務上横領罪という犯罪が成立しうることになり,同時に特別背任罪が成立することはありません。
 もっとも,どちらの罪も,最高で10年の懲役がその社長に科される点では違いがありません。
 社長 自分の会社は株主が自分一人なんだけど,会社に対する社長の損害賠償責任は,株主が一人の会社は負わなくてもよくなると聞いたことがある。それでも会社の私物化をすれば特別背任罪になるのかい?あくまで仮の話だよ。

社長

 自分の会社は株主が自分一人なんだけど,会社に対する社長の損害賠償責任は,株主が一人の会社は負わなくてもよくなると聞いたことがある。それでも会社の私物化をすれば特別背任罪になるのかい?あくまで仮の話だよ。

弁護士

 会社の取締役が,その職務を怠って会社に損害を加えた場合は,その取締役は会社に対して民事上の損害賠償責任を負うことになりますが,この責任は,総株主の同意があれば免除されます。会社に対する責任とは,会社の出資者(所有者)に対する責任と言い直せるところ,会社の出資者(所有者)全員が責任追及しなくてよいと言うなら,あえて責任追及する実益がないからです。そこで,株主が社長ただ一人であれば,株主たる社長が自分の責任を免除して民事上の損害賠償責任を逃れることは可能です。
しかし,特別背任罪や業務上横領罪は刑事罰です。社会的秩序の維持を目的とする刑事罰は,私人間の利益調整を目的とする民事上の責任と異なり,私人間の合意で免除することはできません。
そのため,仮に社長が会社を私物化した結果、特別背任罪や業務上横領罪が成立すると裁判で認められれば,原則としてその刑を免れることは不可能です。

社長

 会社法というと,会社の仕組みについて定めている法律だと思っていたけど,特別背任罪のような刑事罰も定めているんだね。

弁護士

 会社の設立,組織,運営や管理に関して広く一般的に定めているのが会社法です。会社を実際に運営するのは取締役(委員会設置会社では執行役)など会社経営者なので,その権限の違法な行使がされた場合に備えて刑事罰も規定しているというわけです。

社長

 なるほどねぇ。今まで聞いた以外に、会社経営者がついやってしまいがちだが,実は会社法上の犯罪となる行為は,どんなものがあるのだろうか。

弁護士

 株主が複数いらっしゃって,株主総会を開催している会社の経営者の方々が気をつけるべきことがあります。
 まず,株主総会の議決権行使についてその株主に利益を与えることはできません。それをすると,会社法上の犯罪(株主の権利の行使に関する利益供与罪。法定刑は三年以下の懲役または300万円以下の罰金)になってしまいます。経営者の経営方針に異を唱える株主がいる場合に,その株主に特別な利益を与えて経営者の意のままにすることが認められるようでは,健全な企業統治が実現できないからです。
 株主の側から言えば,株主総会で経営者に有利な発言や議決権の行使をすることを頼まれて利益を受け,また利益を受ける要求や約束をした株主も,5年以下の懲役または500万円以下の罰金に処せられます。それら行為は,会社法上の収賄罪にあたるからです。

社長

 収賄罪とは,わいろを受け取ることに対する罪だね。わいろは公務員に対するものしか犯罪にならないと思っていたよ。

弁護士

 刑法上のわいろに関する罪(収賄罪)については,社長のおっしゃるとおり,公務員に対してのみ,成立します。
 しかし,会社法上の収賄罪・贈賄罪は,公務員という身分とは関係ありません。
 今お話しした株主の権利行使に関する贈収賄罪以外にも,取締役等が,その職務に関して不正な行為を頼まれて利益を受け,またはその約束をし,あるいはその要求をした場合に,その取締役に収賄罪(法定刑は5年以下の懲役または500万円以下の罰金)が成立します。その取締役に利益を与え,またはその約束をし,あるはその申込みをした者は贈賄罪(法定刑は収賄罪と同じ)となるのです。

社長

 他にも,経営者が対象となる会社法上の犯罪はあるのかい。

弁護士

  株式や新株予約権発行に際して現物出資を受ける時に,取締役等が裁判所,株主総会に対して虚偽の事実を述べたり,事実を隠ぺいすれば,会社財産を危うくする罪になります。
  株式や新株予約権などの募集文書に虚偽の記載をして使用すれば,虚偽文書行使罪になります。
  株式を発行する場合に,取扱金融機関と意を通じて出資金額の払い込みを仮装した場合には,預合い罪が成立します。
  これら三つの罪の法定刑は,いずれも5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金,またはその両方となっています。
  加えて,定款に定めた数を超えて株式を発行すると,株式の超過発行の罪となり,五年以下の懲役または500万円以下の罰金となります。
  これら以外にも,電子公告調査の業務停止命令に違反した場合には,一年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはその両方が科され,電子公告調査及びその休停止に関する虚偽の届け出や記載などをした場合は30万円以下の罰金となります。

社長

 そんなにあるとは知らなかったよ。

弁護士

 このように,経営者に対して会社法上の犯罪が数多く定められている背景には,違法な会社経営がなされれば,一般社会に大きな悪影響が及んでしまう現状があります。経営者の方々は,この現状をしっかりと意識して日々の業務に励んでいただきたいですね。