ゲートキーパー法案

―弁護士に依頼者を警察に密告させる法律案を考える―

ほんの一ヶ月前の一〇月一九日、警察庁が来年の通常国会に提出予定の「犯罪収益流通防止法」の大枠が決まったとして国家公安委員会で報告しました。これについて、弁護士が友人の民市さんと話をしています。
ゲートボールなら知ってますが・・・。


ゲートボールなら知ってますが・・・。

弁護士

 この法律は、弁護士に依頼者を密告することを義務づけようとする「ゲートキーパー(門番)法案」と言われるものだ。

市民

 ヘェー、そうか。ところでゲートキーパー法案って何だい?ゲートボールとかゴールキーパーなら知っているけど。

弁護士

 この法案は、犯罪組織による資金洗浄(マネーロンダリング、略してマネロン)、テロ組織への資金移動を防ぐために、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士、行政書士などの法律・会計専門家やクレジットカード業者、宝石商・貴金属商、不動産業者などに、取引相手の本人確認、取引記録保存、そして、「疑わしい取引」を警察に届け出ることを義務づけようというものさ。
テロ対策は重大事ですが。


テロ対策は重大事ですが。
市民

 テロ対策はとても重大事だよね。その意味から意義のある法律だと思うんだが・・。君たち弁護士はテロ対策に反対なのかい?

弁護士

 とんでもない。テロも犯罪も資金洗浄も決して許せないよ。テロは許しがたい人権侵害だ。犯罪を誘発するマネロンも、弁護士は決して許さないよ。

市民

 じゃあ、どうしてそんなに弁護士は怒って反対しているんだい?

弁護士

 弁護士や日本弁護士連合会(日弁連)に「依頼者が疑わしければ警察に密告しろ」という手法は絶対にノーだ!ということだよ。弁護士が依頼者を密告することは、弁護士の「守秘義務」から許しがたいんだ。

市民

 まだ、よく分からないなぁ。テロやマネロンの疑いがあれば、弁護士にとって依頼者であろうがなかろうが、密告は必要じゃないのかい?


弁護士にすべてを話してもよい安心感の大事さ!!

弁護士

君は、自分は全くテロにも関係ないし、個人的には弁護士に相談するようなこともないと思っているよね。

市民

 そのとおりだよ。できれば弁護士とは縁のない方がいいからね(笑)。

弁護士

 この世の中には一生懸命生きていく中で、真剣に悩み、苦しみ、「弁護士に相談したい。依頼したい」という人も多いんだ。そんな人にとって「自分が話した内容が知らない間に警察に筒抜けになるかもしれない。知らない間に自分の預金口座が凍結されているかもしれない」と思ったら、弁護士に相談すると思うかい?弁護士にすべてを話せるかい?

市民

 相談して他人に話されてしまうと思ったら、すべては話さないだろうね。自分がかわいいからね。

弁護士

 それに、刑事事件に巻き込まれるかもしれないと自己判断した人が、「弁護士や日弁連も、結局、警察に情報提供しているかもしれない」と疑ったら、弁護士にすべてを話すことができると思うかい?

市民

 それもできないだろうね。

弁護士

 人の心は微妙なんだ。もし、弁護士が警察に密告するかもしれないと思ったら、弁護士への安心感は一挙に奪われてしまう。安心感を奪われた人は、すべてを話せずに終わってしまう。そうなれば、弁護士は適切なアドバイスができず、相談者は弁護士から適切なアドバイスなしに結局素人判断で重大な事態に陥ってしまう。時には、それと知らないまま犯罪に荷担してしまう。これでは、何のための弁護士かと言いたくなるだろう。


冷静に考えてみると

市民

 なるほど。確かに、弁護士に対しては、情報がどこにも漏れないという絶対の安心感があるからこそ、相談者がすべて話をすることができるのだろうね。
 いつの間にか、テロは絶対に防止しなければという気持ちが先走ってしまい、「弁護士への安心感」という大事な物を失ってしまうところだった。時代の潮流に乗ってその気になりやすい日本人の弱点を、また、感じさせられたなぁ。

弁護士

 弁護士にとって「守秘義務」というのは、仕事上での大事な生命線なんだ。法律なんかなくても、現実に弁護士がテロやマネロンということを知れば、当然、防止に努力するよ。

市民

 そうすると法案の大枠の「届け出先を日弁連にする。日弁連が判断して警察庁に通知する」「弁護士には違反しても刑事罰は科さない」などと弁護士に配慮したような表現は、私たち一般市民の安心感と比較すれば小手先のマヤカシということか。

弁護士

 そのとおりだ。だからこそ、弁護士に依頼者を密告することを求めるゲートキーパー法案の大枠には絶対反対なんだ。この法案の大枠が姿を現した翌10月20日に、中部弁護士会連合会の大会で、満場一致でこの法案に反対する決議を間髪入れずに行ったのもそんな理由からだ。

市民

 君たち弁護士が法案に反対する理由がよく分かった。ゲードキーパー問題を初めて身近に感じたよ。多くの相談者に、すべてを弁護士に話してもらう方が違法行為を防ぐ手段として現実的だと思えてきた!