社会正義

 

1 「センセー、何とか目ェつぶってまけてもらえんだろうか」。事件の相手方が、弁護士に手を抜いてもらえないか、と要請しているのではない。事件の依頼人が、弁護士に報酬減額を申し出ている訳でもない。場所は法律事務所、自己破産申立の相談者が、ある不動産を第三者に処分し隠匿したいが、相談担当の弁護士に目をつむってほしい、というくだりである。強制執行妨害罪、詐欺破産罪を説明し、違法行為である旨強く諭したが、なお納得しないので、相談者にはお引き取り願った。

2 「立替払いをしたのに言い訳ばかり言って支払わないので、徹底的に取り立てて下さい。」依頼人は怒りが納まらないらしい。そこで相手方に支払いを督促したところ、依頼人の話とはかなり違い、どうも相手方の言い分が正しいようだ。交渉の経過を依頼人に説明し、請求を維持するのは困難との見解を示したところ、「いったいどちらの味方なんですか」「相手が何と言おうと、自分のいう通り強気で交渉してくれるのが弁護士じゃないのか」と非難の鉾先が弁護士に。そこで、ひとしきり依頼人を説得するが、感情が先に立ち理解してくれない。やむをえず辞任するはめになった。

3 弁護士は、法の抜け道を指南するもの、依頼人の言い分を全部代理するものと思っている人は少なくない。ところが、大多数の弁護士は、「社会正義」の実現を念頭に置いている。そして、民事事件では、依頼人の考える正義と社会で通用する正義が必ずしも一致しないことがある。依頼人の利益が「社会正義」と一致するような形で実現するよう努力するのが弁護士の職務でもある。

 「社会正義」にかなう解決こそ終局的に依頼人の利益にも繋がることを依頼人に十分説明し理解を得ることができたなら、弁護士冥利につきるのだが。