難しい慰謝料の金額算定


  「慰謝料いくらとれますか?」

 私が,先日行ったある地方公共団体での無料法律相談の一場面である。

 これまで欧米に比べて低いと言われてきた日本人の権利意識が高まっているのか,はたまた,高視聴率をとり人気があるといわれるテレビの法律相談番組の影響によるところなのか,慰謝料つまり精神的損害に対する損害賠償請求の相談を受けることがよくある。

  相談者の話によれば知人から侮辱的なことを言われ大変傷ついたとのこと,怒りに満ちて相談者は語っていた。

 確かに,相談者の立場になって考えてみるとその相手に対して腹も立つだろうし,なんとかしてやりたいと思う気持ちもよく分かる。  

 「そうですねぇ,それは腹が立ったことでしょう。お気持ちは察しますよ・・・。」
 「で,慰謝料いくらとれるんですか。」
「ん〜。そうですねぇ。」私は,答えに詰まり,次の言葉を探していた。
どんな場合に慰謝料がいくら認められるのか最終的に判断するのは裁判官である。
弁護士が答えることができるのは,これまでの裁判例から推測される大凡の検討額や裁判にした際の見通しとなる。

この相談者から聞いた事案を検討してみるに裁判の見通しとしては,正直いって慰謝料として金額に算定されることは困難であろうというものであった。
この事実をなんと言って伝えようか,目の前の相談者は,まだまだ怒りに満ちているのだ・・。

 先日,美容院で注文したより髪の毛を短く切られてしまった女性に,慰謝料請求が認められるという例外的な判決が出された。  
この事案は,女性が長い髪が自慢の飲食店従業員であった為に,その後の接客に自信がもてなくなったという特殊事情が背景にあったため認められたものと思われる。
しかし,裁判における慰謝料というものは,交通事故や配偶者の不貞行為等類型的な事案では認められているものの,嫌な思いをしたという個々の事案で認められることはなかなか困難なのが現状である。
仮に認められたとしても金額的には低額であることが予想される。

  また,裁判をするとなれば,証明しなければならないという問題も生じてくるし裁判費用もかかってしまう。

  ますます,相談者の事案では困難を極めているのだ。

  私は,意を決し相談者の様子を窺いながら言葉を選びつつ,この事案では慰謝料としての算定は困難であることや裁判にした場合の見通しを説明した。
相談者は,慰謝料をとるぞと意気込んで相談に来ていたこともあり,ショックを受けているご様子。

  お役に立てなくてごめんね。役立たずの弁護士と思われたかな?と相談を終えると。
「有り難うございました。話を聞いてもらってすっきりしました。」と満面の笑みの相談者。
ああ,良かったと気分良く帰りの道を歩きながら,これも弁護士の大切な役割なのかなぁと思った次第である。