賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル

 
      ガイドライン参考に
          
現状と敷金返還「少額訴訟」なども検討を

 最近、賃貸住宅について、原状回復や敷金をめぐるトラブルをよく聞きます。
 まず、賃貸住宅の借主が契約終了時にどこまで原状回復をしなければならないかについて、法律上の規定はどうなっていますか。

 民法上においては、賃貸借契約終了時に、借主は借用物を原状に復しなければならないとする趣旨の規定はありますが、その具体的内容を明記した規定はありません。
 この点について、一般的に、賃貸住宅における借主が行なわなければならない原状回復とは、「借りたものを元通りにしなさい」ということではなく、「通常の用法で使用して生じる範囲を超えた損耗(ソンモウ)について、これを原状に復しなさい」という内容であると解されています。

 賃貸住宅における原状回復の内容について、もう少し詳しく教えて下さい。

 この点については、平成10年3月(16年2月改定)、建設省(当時)住宅局の委託により不動産適正取引推進機構が発表した「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン」(以下「ガイドライン」)が参考になります。
 ガイドラインの整理によれば、賃借物の損耗は、
(1) 建物・設備等の自然的な劣化・損耗(経年変化――例・畳、襖、クロス等の日焼けによる劣化など)
(2) 賃借人の通常の使用により生じる損耗(通常損耗――例・テレビ・冷蔵庫の後壁部の電気ヤケなど)
(3) 賃借人の故意・過失、その他通常の使用を超えるような使用による損耗(例・不注意により壁に大きな穴を開けてしまったなど)
に分けられ、賃貸住宅において、賃借人は(3)の補修費のみ負担すればよく、(1)(2)は賃貸人がこれを負担すべきとしているのです(なお、このガイドラインは、「賃料が市場家賃程度の民間賃貸住宅」を対象にしたものです)。
 多くの判例も、賃貸住宅について、概ねこのような見解に立っているようです。
 そもそも、賃貸住宅における賃貸借契約について、通常の用法で使用していて生じる損耗は、貸主が修理義務を負っているのであり、その費用は賃料に含まれていると考えるべきだとされているのです。

 ただ、何が「通常の使用」にあたるのかの判断は難しいのではないですか。

 おっしゃるとおり、通常の使用にあたるかどうかは、非常に難しい判断となります。
 この点について、前記ガイドラインにおいては、「損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表」というものが付されています。ここでは内容に踏み込むことはできませんが、比較的詳しく様々な損耗の例示がなされていますので、大いに参考になるかと思います。

 原状回復の一般的な考え方は分かりましたが、賃貸借契約では、「入居期間中に生じた通常の使用に伴う損耗を含む全ての損耗について、借主が補修義務を負う」との特約をよく見ます。このような特約は有効ですか。

 一般的に、民法の任意規定と内容が違う合意をすることも許されますが、それが常に有効となるわけではありません。
 もちろん賃貸借契約といっても居住用から業務用まで様々であり、また、賃料額自体も高低が見られるでしょうから、特約が有効かどうかを一概にいうことはできません。ただ、賃貸住宅における賃貸借契約書は、多くは貸主が一方的に作成していますし、借主は法的知識が乏しい場合が多いですから、「借主が全ての補修義務を負う」との特約を常に有効とすることには疑問があります。
 この点について、前記ガイドラインは、賃貸住宅について、次の(1)〜(3)の全ての条件を満たす場合に限り、そのような特約を有効とすべきであるとしています。
(1) 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
(2) 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
(3) 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
 判例上も、賃料の高低等の事情により違いはありますが、賃貸住宅の賃貸借契約について、「借主が全ての補修義務を負う」との特約の有効性を限定的に考えているものが多いようです。
 但し、賃貸物件がオフィスビル等の業務用賃貸借の場合には、必ずしも賃貸住宅と同一に論じられないとする判例もありますので注意して下さい。

 通常損耗部分はすべて貸主の負担とすると、貸主に酷であるといえませんか。

 確かに、貸主は利益を出すために賃貸経営を行なっているのでしょうから、補修費のほとんどが貸主負担となると、賃貸経営は苦しくなる方がいるかもしれません。
 しかしながら、先ほど述べましたとおり、賃貸住宅の賃貸借契約においては、通常損耗の補修費は賃料に含まれていると考える傾向が強い以上、もし賃貸経営が成り立たない状態であれば、賃料の設定を合理的金額に見直すなどの措置も必要となるのかもしれません。
 また、賃貸住宅の賃貸人において、全ての補修工事を賃借人に負担させなければならない事情がある場合には、前記ガイドラインの三つの条件を満たすように、あくまで契約締結時において、その事情(例・賃料は低額にする代わりに、一般的には賃貸人の負担である通常損耗の補修費について、賃借人の負担として欲しい旨など)を賃借人に説明し、理解してもらわなければならないと思います。
 いずれにしても、賃貸住宅の貸主側としては、契約締結時に補修費の範囲やその程度などについてしっかりと説明を行なうなどの意識改革が必要でしょう。

 原状回復に関し、賃貸住宅の借主として注意すべきことはありますか。

 そもそも原状回復の問題が生じる一因として、入居時及び退去時の損耗の有無などの物件確認が不十分なことがあげられます。したがって、借主としても、損耗の箇所・程度についてこれをチェックしておき、場合によっては写真を撮っておくのがいいと思います。

 一方的に敷金から高額な補修費を差し引かれてしまい、敷金の返還請求訴訟を起こそうか検討していますが、裁判を起こすには躊躇を覚えます。

 確かに、敷金返還請求の金額自体からすると、裁判を起こすことに躊躇をおぼえる方は多いかもしれません。
 ただ、60万円以下の請求額であれば、裁判所には、「少額訴訟」という簡易で迅速な裁判手続も用意されています。
 また、愛知県弁護士会では、比較的少額な事件についても、市民が気軽に相談でき、弁護士が代理人となることができるよう、バックアップ態勢をとっています。
 平成17年4月1日からは、愛知県弁護士会において、簡易裁判所対象事件(原則として(1)請求額が140万円以下の訴訟事件、(2)民事調停事件など)につき、「簡裁事件法律相談窓口」が設置される予定ですので、是非利用されることをお勧めします。