審理が粗雑化する危険性も
     ――「裁判の迅速化」の法律に疑問――


 先日新聞に、自殺した裁判官の妻が、夫の自殺は過労死であるとして労災の申請をしたという記事が掲載された。過労死か否かを裁く立場の裁判官自身が過労死するなど、洒落にもならない話である。
 愛知県下では、平成3年から13年までの10年間に民事行政事件・家事事件ともに事件数は2倍程度になったが、この間裁判官は家裁・地裁併せて1・1倍にしかなっていない。裁判官は前にも増して多忙になっている。
 こうした状況にある中で、最近さらにそれを加速するような法案が成立した。「裁判の迅速化に関する法律」という名前の法律である。この法律では、第1審の裁判については、原則として2年間で判決を下すことを裁判官に義務づけているのである。
 これまで、裁判は時間がかかるものと言われてきた。しかし、最近の裁判はずいぶん早くなっている。最高裁のデータによると、証人調べを行う事件に限っても、平成13年は第1審の平均審理期間は19・2ヶ月である(欠席判決もあるので平均値はもっと短い)。例外的に長くかかる裁判はあるが、そうした事件は争点が多岐にわたっていて複雑であったり、調べるべき証人が多い場合に限られるのが実状である。その意味では、事件の個別性・特殊性を度外視して機械的に2年という枠をはめようとする今回の法律案はきわめて問題である。慎重に審理されるべき事件についても、限られた時間内に判決を出そうとするために、事実認定が粗雑になる危険性があるからである。
 十分な審理を尽くしつつ裁判を早くするためには、一定のマンパワーが必要である。弁護士については増員が決まったが、裁判官・検察官の増員は遅々として進まない。特に重要なのは、裁判を進める上では、裁判官・検察官だけではできないという点である。書記官・事務官も必要であるし、法廷も必要となる。こうした体制整備をおざなりにして、法律だけを作って裁判官にプレッシャーをかけても、実効性があるとは思えない。
 裁判の迅速化に関する法律では、「国は、裁判の迅速化を推進するため必要な施策を策定し、及び実施する責務を有する」との規定もおかれてはいる。しかし、現在の財政状況下では、支出を伴う公務員の増員は今後も期待できないと言わざるを得ない。
 裁判制度が紛争解決手段である以上、速やかな処理が必要であることは当然である。しかし、利用する側としては、裁判は早ければ良いというものでも無い。きちんと調べるべきものを調べ、正しい判断をも同時に望んでいるはずである。国がやるべきことをしていないのに、法律を作って裁判官の尻を叩くばかりでは、雑な裁判ということで国民に最終負担がくることになろうし、その中で良心的な裁判官は、今後も過労死していくことになるのではないかと懸念する。(MG)