2011(平成23)年3月8日
社会保障と税に関わる共通番号制度の導入に関する意見書
愛知県弁護士会
会 長 齋 藤 勉
第1 意見の趣旨
政府が導入を検討している社会保障と税に関わる共通番号制度は、特殊な装置を使用しなくても知ることができる可視的な番号を国民ひとりひとりに付与することを前提とし、分野別の番号ではなく社会保障と税の分野について共通する番号とするものである点において、「なりすまし」発生のおそれが大きく、情報流出の場合の被害が深刻なものとなるなど、国民のプライバシー権侵害の危険性が極めて強いものである。
そもそも、住基ネットの導入をはじめとして、番号制度の導入それ自体にも、国民の間に多くの反対意見がある。社会保障制度の効率化や公平な税負担を実現するために番号制度の導入それ自体の必要性は認めるという立場に仮に立ったとしても、政府の掲げる目的を達成するためには、各分野に共通する番号制度の導入を目指すのではなく、国民のプライバシー権を侵害するおそれの小さい分野別の番号制の導入で足りるのではないかが慎重に検討されるべきであって、かかる検討が不十分なまま社会保障と税の分野に共通する番号の制度を導入しようとする政府の対応は、拙速といわざるを得ない。
社会保障や税に関わる番号制度の導入については、広く国民各層の間でより慎重に議論がなされるべきであり、必要な検討が十分になされないまま政府が導入を進めている「社会保障・税に関わる共通番号制度」に対しては、当会は、反対意見を表明するものである。
第2 意見の理由
1 「税と社会保障の共通番号制度」創設の動き
与党・民主党は、2008年12月24日付「民主党税制抜本改革アクションプログラム−納税者の立場で『公平・透明・納得』の改革プロセスを築く−」において、「社会保障番号制度と歳入庁設置」を掲げ、「民主党は、社会保障制度の効率化を進めつつ、真に手を差し伸べるべき人に対する社会保障をより手厚くするために、正しい所得把握体制の環境整備が必要不可欠であり、そのためには番号制の導入が必要と考える。このような考え方に立ち、税と社会保障制度共通の番号制度の早急な導入を進める。利用する番号としてもっとも望ましいのは、『消えた年金』『消された年金』の再発を防ぐため国民全員に交付する『年金通帳』の番号であるが、早急な番号制度の導入が必要なことから、政府が現在検討している社会保障番号も含めて検討していく。」とし、2009年8月の衆議院選挙に向けたマニフェストにおいても、「所得の把握を確実に行うために、税と社会保障制度共通の番号制度を導入する」ことを掲げた。
2009年10月8日、鳩山首相(当時)は、新政府税制調査会に対し、所得税を減税(税額控除)した上で、低所得者でもともと納税額が少なく減税の恩恵が少ない人には給付金を支給するという「給付付き税額控除」とともに、すべての納税者に番号を付けて所得を把握する「納税者番号制度」の創設に向けた検討を開始するよう指示した。平成22年度税制改革大綱(2009年12月22日閣議決定)では、「社会保障・税共通の番号制度の導入」を進める方向性が示され、これに基づき内閣官房国家戦略室内に「社会保障・税に係わる番号制度に関する検討会」が設置され、2010年2月8日以降、検討を開始している。また、同年5月11日、政府のIT戦略本部は、「社会保障・税の共通番号の検討と整合性を図りつつ、個人情報保護を確保し府省・地方自治体間のデータ連携を可能とする電子行政の共通基盤として、2013年までに国民ID制度を導入する」との方針を発表した。2010年12月3日、政府は「社会保障・税に関わる番号制度に関する実務検討会」を開き、「社会保障・税に関わる番号制度」導入に向けての中間整理を行ったが、その中で本年秋以降の法案提出を目指すことがうたわれている。そして2011年1月28日に政府は「社会保障・税に関わる番号制度についての基本方針(案)」(以下「基本方針案」と言う。)を発表し、政府が導入を検討している共通番号制の概要を明らかにした。
また、自由民主党や公明党も、その税制改正大綱において、「社会保障番号との関係を整理しながら、納税者番号の早期導入を目指す」と明記していた。自由民主党は、プロジェクトチームにおいて、社会保障番号・納税者番号制度の導入に向けて検討中でもある。以上のように、税と社会保障制度共通の番号制度(以下「共通番号制」という。)創設の動きが急速に進行している。
2 共通番号制の危険性
(1) 可視的な番号になることが不可避であること
政府が発表した共通番号制の内容は、「納税者番号」と「社会保障番号」とを一本化したものとの説明が政府によってなされてきた。基本方針案では、住民基本台帳ネットワークを活用して国民に番号を付するとともに、当該番号は住民基本台帳カードを改良したICカードの券面等に記載され、相手方に告知するなどして用いると説明されている。そうであるならば、この番号は、納税者本人と課税庁のみが知り、かつ、課税申告の限りで利用される従来の納税者整理番号のような番号にとどまるものではない。税の分野では、税の捕捉が関係する雇用や金融取引、納税申告書や課税資料に当該番号を付けて課税庁に提出を求め、また、社会保障の分野においては、公的年金、医療・介護、雇用保険といった場面におけるさまざま民間取引にも番号を必要とすることで、番号をキーとして個人の情報を集約管理する仕組みを前提としている以上、共通番号制を導入する場合には、民間での取引に利用できるよう、第三者にも見える(可視的な)番号となることが不可避である。
したがって、共通番号制が採用されることによって、特定人の番号が誰にでも知られ得る状態となることは、制度上、避けられない。
(2) 名寄せされることによる危険性
基本方針案では、各社会保障分野と国税および地方税の各税務分野とし、各分野でそれぞれの機関ごとに管理している同一人の情報を「紐付け」し、「紐付けされた情報を相互に活用する仕組み」を「情報連携」としたうえで、その方法を検討するとしている。また、将来的には社会保障や税の分野だけでなく、幅広い行政分野や民間サービス等に活用する場面においても各情報の連携が可能となるようなシステム設計を行うとしている。
このような性質を有する共通番号制が創設されたならば、個々の国民の勤務先や家族の状況、各種納税・社会保険料支払に関する情報、社会保障給付に関する情報の他、各種経済取引活動・消費活動に関する情報(その制度設計によっては、消費の嗜好や思想傾向までも)が、同番号をマスターキーとして正確・確実に名寄せされ突き合わされ得ることになる(なお、取引相手先にも番号が付されているから、相手先も正確に特定されることになる。)。国民からすれば、同番号により、その生活活動全般に関するプライバシー情報を丸ごと、国(さらには企業)に把握されてしまうことが不可避となる。
また、民間利用においては国民の同意を必要とするとしているが、問題は、同意しない場合の経済的、社会的不利益の発生であって、当該不利益を回避するため事実上同意を強制される結果となりかねないのであり、同意を要するものとすればプライバシー侵害のおそれがなくなることになるものではない。
情報が高度に名寄せされた状態では、国民がその危険性を認識しないまま安易に同意するおそれが避けられない。氏名と性別が使われる程度の認識で共通番号の使用に同意したところ、医療履歴、所得、消費活動、家族関係など、そこに名寄せされているありとあらゆる情報の利用に同意したのと同じ結果になるという事態を招きかねないのである。名寄せとは、個人個人の与り知らないところで想像もしていない膨大な個人情報が利用される基盤を作るということであり、まさにプライバシー侵害の基盤を作ることに等しいものである。
(3) 自己情報コントロール権侵害の危険性
また、このような共通番号制はそもそも、個人情報をすべて国が管理すべきであるという発想に立っている点に注意が必要である。例えば、政府の構想によれば、共通番号を用いる一つの利点として、確定申告時に医療費の領収書を添付しなくてもよくなり、国民の負担が減るとされているが、このことは即ち、個人個人の医療の受診情報の管理を国に委ねるということを意味している。各人が、いつどのような医療機関を受診しているのかという税務処理には不必要な情報も含めて、全てを国が掌握することになるのである。共通番号は、将来的には幅広い分野に応用することが考えられているのであるから、国が掌握する個人情報も、広汎なものになることが懸念される。このようにプライバシーに関する情報を、当該個人が望むか否かに関わらず、国が吸い上げ把握している社会を、便利とか税の申告手続きの負担が軽くなるとかいう小さな利便性を得るために許容しても良いものであろうか。個人情報を国が管理するという制度は、ひとりにしておいてもらう権利、私生活上の自由、情報に関する自己決定権、さらには個人情報の利用目的の明確化など憲法第13条が保障するプライバシー権(自己情報コントロール権)を侵害するものである。
(4) なりすましのおそれ
すでに共通番号制が導入されているアメリカにおいては、可視的な社会保障番号(SSN)=共通番号が事実上、身分証明番号化した結果、濫用され、「なりすまし犯罪」が深刻な社会問題化している。議会や省庁が対策を練ってはいるが、抜本策を見出すには至っていない。わが国においても、共通番号制は番号の可視性を前提としているから、なりすまし犯罪者が闊歩する社会になる怖れが高くなると言わざるをえない。
(5) 個人情報保護対策の不十分さ
国民のプライバシーを保護し、なりすまし犯罪を防止する方策としては、自己情報へのアクセス記録の確認できる制度の検討、第三者機関を設ける、罰則を設けるなどの事後的なものが検討されているにとどまり、根本的な解決策は提示されていない。可視的な番号制を導入した場合、共通番号の漏洩や濫用は、コンピュータシステムへの不正アクセスという技術的に高度な手段によって生じるというよりは、むしろ、その共通番号を扱う役所その他の機関の就業者によって簡単に行われ得るのである。そして、一旦、漏洩や濫用が生じた場合、その被害は計り知れないものとなる。このような状態では、事後的な対策は十分効果を奏しない。これらの弊害を回避するための情報漏洩対策を構築しようとすれば、そのコストは膨大になるはずである。
また現在検討されている第三者機関は、情報を取得した後の「利用」に関する不正を防止するという観点で検討がなされているに過ぎない。「共通番号」という最大の個人情報は、番号が可視化されていれば、各個人の所得の把握や医療履歴の把握など、税と社会保障の処理に必要な情報を取得する場面でも簡単に漏洩するものである。かかる場面での漏洩防止を視野に入れない第三者機関では、不正防止対策として全く手落ちという他ない。
3 共通番号とする必要性についての検討が不十分である
(1) 共通番号制を創設する理由として、政府・与党は「給付付き税額控除」制度導入のために必要不可欠であり、これによって行政の効率化も図られるような議論を展開している。
しかし、「給付付き税額控除」制度を導入している諸国では、納税者番号制度すら導入していない国もあるし、我が国の納税者整理番号のような、分野別の納税者番号を利用している国(イギリス、ドイツなど)も多い。政府・与党が掲げる上記目標達成のために、共通番号制度が必要不可欠であるとは言えない。
(2) 政府・与党は、公平な税負担の実現のためには所得の正確な把握が必要であり、そのためには共通番号制が必要であるかのような議論を展開している。
しかし、経済のグローバル化を背景として、所得の正確な把握が最も求められる高額所得者は、国境を越えた取引などさまざまな所得把握回避手段を有している。したがって、国内の取引において共通の番号を創設しても、すべての所得を正確に把握することは不可能であるのが現状である。また、一般の消費者を顧客としている小売業やサービス業にかかる売上げを把握するため、消費者が番号付きの資料情報を税務当局に提出することは実際問題としては不可能であるから、納税者番号制度を用いた事業所得の把握には自ら限界がある。
そうすると、共通番号制が導入されれば、所得の正確な把握が可能であるという前提自体が誤りであって、プライバシー侵害に対する多大な危険を冒してまで導入する価値があるかどうか、疑問である。
(3) そうすると、政府・与党の掲げる目標達成のために、論理必然的に共通番号制を導入すべきであるということにはならないのであって、せいぜい事務作業効率を高める目的に絞った番号制度の導入で足りるはずである。また、このように限定的な目的で導入される番号制であれば、たとえそれがいくらか可視的なものであったとしても、番号自体の利用価値が低くなるため、自然となりすましも抑制できるはずである。
4 結語
共通番号制の問題点については、当会の地元である名古屋市において、専門家による検討委員会が設置され、2010年12月、「国が検討している社会保障・税の共通番号及び国民ID制度が市民生活に与える影響について(意見書)」が提出された。他の自治体でも、この制度の問題性について慎重な議論が行われている。また、日本弁護士連合会も、2010年開催した第53回人権擁護大会において、「国民一人ひとりに業務分野をこえた共通番号を割り振るなど、個人の自己情報コントロール権を侵害するような『番号制』の導入を行わないこと」を決議している。
この決議内容を実現するためには、各地の単位会においても共通番号制の問題を市民に広く伝えていくことで、国民的な議論とすることが必要である。したがって、当会も自己情報コントロール権の侵害をはじめ数々の問題を抱える共通番号制の導入には反対であり、かかる観点から、当会は、このように問題点の多い共通番号制を導入しないよう、ここに求めるものである。
以 上
