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2007(平成19)年1月16日
愛 知 県 弁 護 士 会
1 はじめに
現在、国会では、2006年5月26日に、与党が「日本国憲法の改正手続に関する法律案」(以下「与党案」という)を、民主党が「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」(以下「民主党案」という)を、それぞれ衆議院に提出し、継続審議となっている。先の臨時国会(第165回)会期末の同年12月14日には、与党及び民主党からそれぞれ修正案要綱(以下「修正案」という)が公表され、与党・民主党とも、本年1月25日開会予定の通常国会(第166回)において、同法を成立させる方針と伝えられている。
しかし、日本国憲法第96条は、「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定める。国会の特別多数による賛成のみでなく、国民投票における承認によって憲法改正行為が成立するとする趣旨は、憲法改正の決定権を憲法制定権力を有する国民にゆだねるものであり、国民主権の端的な表れである。
したがって、憲法改正に関わる国民投票においては、憲法改正に関する情報や見解が公正かつ公平に国民に伝えられ、自由な国民的議論が広範に行われ、国民が適正に意思決定がなし得るようにされることが必要不可欠である。
こうした観点から見るとき、以下に述べるとおり、与党案、民主党案とも修正案を含め重大な問題があり、慎重な抜本的検討と議論がなされることを強く求めるものである。
2 広報協議会について
両案とも、国会に広報協議会を設置し、同協議会に国民投票に関する広報に関する事務を行わせるものとしている。協議会の委員は各会派の所属議員数の比率により各会派に割り当てるとしている。
しかし、憲法改正案の発議は、両議員の3分の2以上の特別多数を要件としているのであるから、こうした構成による広報協議会によって公平な広報を期待することは困難である(理論的には広報協議会の全議員が憲法改正に賛成である事態も想定しなければならない)。
また、国会は憲法改正を発議した機関であるから、中立的な立場にはない。したがって、広報事務を担当する機関を国会に設置すること自体、公平な情報の提供を危うくする可能性があり、広報協議会設置の合理性には疑問がある。
3 メディアを通じた意見広告について
両案及び修正案は、国民投票期日の7日または14日前から投票期日までの間の意見放送を禁止する他はメディアを通じた憲法改正に関する意見広告に関する規定を置かず、基本的にこれを自由なものとしている。これは表現の自由を保障し、メディアを通じて自由な国民的議論を保障しようとする趣旨に出たものと理解できる。
しかし、メディアを利用した意見広告には巨額の費用を要する。このため、意見広告が資力による格差を反映し、一方の意見に偏する危険性がある。とくに今日、国民世論形成に当たってメディアが果たす役割の重要性に鑑みれば、メディアを利用した意見広告について、憲法改正に関する賛否の意見が公平・対等に扱われるよう、資力の格差による弊害を除去する抜本的な工夫がなされる必要がある。
また、一方では、とくに放送媒体について、スポットCMが、憲法改正という課題にふさわしいかとの疑問や、扇情的な意見放送が民意を歪める危険があることも指摘されている。意見放送に対する規制は、表現の自由に対する規制となるので、規制には特に慎重さが求められることはいうまでもないが、他方で憲法改正という国政の最重要の課題において、民意が歪められることの危険性に配慮する必要もある。
以上のとおりメディアを利用した意見広告に関しては、困難な課題があり、さらに掘り下げた議論が求められるといわなければならない。
4 周知期間について
両案とも、国会が憲法改正を発議した日から60日以降180日以内の日を投票の期日とする旨定めている。
しかし、憲法の改正は、任期の限定された公職者やその時点での政策の是非等を判断する選挙と異なり、国の最高法規を将来にわたって変更するものであって、十分に時間をかけて慎重に判断をする必要がある。
日本国憲法が硬性憲法を採用し、改正手続の条件を厳しく定めていることや、最高法規が変えられた場合には下位の法律にも大きな影響が及ぶ可能性があり、国民にその内容が十分に周知・理解され、慎重かつ十分な議論がなされるべきことなどを考えると、どのように短くとも、最低1年以上の議論の期間が保障されるべきである。
5 発議方式について
両案はいずれも、議員が憲法改正原案を発議するに当たっては、「内容において関連する事項ごとに区分して行う」としている。
この点は、無関係な項目について、抱き合わせで賛否を問う投票となる可能性があるとの批判を意識した条項であると解される。
しかし、憲法改正に国民の意思を的確に反映させるためには、十分な措置とはいえない。憲法は、改正の決定権を国民にゆだねたのであるから、提案されている個別の改正条項ごとに、国民が賛否の意思を正確に表すことのできる機会が保障されなければならない。各自の意思を正確に表せるようにするためには、条文ごとに、場合によっては項目ごとに国会の発議がなされ、国民の投票に付されなければならない。
「内容において関連する事項」か否かは判断基準として曖昧であり、しかもここでいわれている「発議」は憲法96条にいう国会の「発議」ではなく、各議院に対する議員の発議である。したがって、その後の修正によって憲法96条による国会の憲法改正案の発議が「内容において関連する事項ごと」であることが保障されるか否かは必ずしも判然としない。しかも「内容において関連する」か否かは議院への発議を行う議員が判断することとなるから、その客観性が担保される保障も乏しい。
したがって、あくまでも、国民の意思を正確に反映させるため、憲法96条にいう国会の「発議」について、条文ごとの発議であることが明記される必要がある。仮に例外として関連する複数の条項を一括して発議することが許される場合を認めるのであれば、一括で投票しなければ条項同士が相矛盾し整合性を欠いてしまうことが明らかな場合などに限定されるべきである。
6 最低投票率・有効投票率の定めの必要性について
両案とも、最低投票率を定める規定を置いていない。しかし、最低投票率を定めない場合、例えば、投票率40%の場合に、投票者の過半数により憲法改正が承認されることとすると、有権者の約20%のみの賛成で憲法改正が行われることになり、少数の国民の賛成によって根本規範たる憲法が改正されてしまうことになる。日本国憲法が、硬性憲法である趣旨からすると、多数の国民の積極的な改正意見が多くない場合には、これまで定着してきた憲法の改正を国民は望んでいないものと解釈し、憲法改正を承認しないものとして扱うべきである。したがって、憲法改正国民投票における最低投票率の定めを設けるか、有権者に対する一定割合の賛成(絶対得票率)を国民の承認の要件とすべきである。
7 法憲法審査会の常置について
両案とも、国会法を一部改正し、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行い、憲法改正原案、日本国憲法の改正手続に係る法律案を審査するため、各議院に憲法審査会を設けるものとし、憲法審査会が憲法改正原案を提出できるものとしている。
しかし、日本国憲法は、国民の基本的人権を保障するために国家権力を制限するという立憲主義の原則の下、硬性憲法としていることから、各議院の中に「憲法審査」という名の憲法改正原案を提出するための常置機関を置くことが憲法の予定するところであるか疑問である。
したがって、憲法改正原案を提出する権限を有する「憲法審査会」を「常置」することについては重大な疑問が払拭できず、この点についても十分に議論を尽くすべきである。
8 国民投票運動の規制について
まず、与党案は、公務員と教育者の地位を利用した運動を禁止している。修正案では、罰則を設けないこととするとともに「その地位にあるために特に国民投票運動を効果的に行いうるような影響力(教育者にあっては、学校の児童、生徒及び学生に対する影響力)又は便益を利用」する国民投票運動を禁止している。民主党も修正案において同旨の修正を提示している。
修正案は、捜査当局の恣意的介入により、国民投票運動を萎縮させるとの批判を踏まえたものと理解されるが、提示されている要件はなお曖昧さを免れず、恣意的な判断によって服務規程違反等に問われる可能性を残している。曖昧な概念を用いて運動制限を設けた場合、公務員や教育者による国民投票運動や教育活動を萎縮させる危険が大きく、表現の自由や教育の自由さらには学問の自由を侵害する懸念がある。
つぎに、与党案は、組織による多数の投票人に対する買収や利害誘導等を禁止し、違反者に対する罰則規定を設けている。
しかし、首長や議員の選挙と異なり、憲法改正案に賛成か反対かの意見を表明する国民投票において、罰則付で禁止しなければならないような不当な買収や利益誘導がいかなるものなのか、そしてこれを罰則付で禁止しなければならない現実的必要性が国民投票において果たしてあるのかについて十分に議論がなされていない。与党案に示されている構成要件は曖昧であり、捜査当局による恣意的な適用がなされるならば、国民投票運動の公正は却って阻害され、立法目的自体に背馳する結果を招く危険がある。
よって、地位利用や買収、利益誘導という不当な国民投票運動については、国民の批判的良識に任されるべきであり、国民投票運動を萎縮させる規制を設けることには慎重でなければならない。
9 無料意見広告について
両案は、「政党等」が広報協議会の定めるところにより、テレビ・ラジオ放送設備を使った無料の意見の放送、新聞への無料の意見広告をすることができる旨定めるとともに、放送時間や広告回数は、当該政党等に属する議員の数をふまえて、広報協議会が定めるものとしている。両案とも修正案では憲法改正に賛成の政党等及び反対の政党等の双方に対して、同一の時間数及び同等の時間帯を与える等の案を提示している(但し、民主党の修正案は無料意見広告を放送媒体に限定している)。憲法改正の発議は、3分の2以上の多数によりなされるのであるから、議員数を基準とすれば、無料の意見広告の圧倒的部分は、憲法改正に賛成する意見広告によって占められ、憲法改正の決定権を国民に委ねた趣旨に反することになるから、当然の修正である。
また、両案が、無料意見広告の主体を「政党等」に限定することにも疑問がある。政党は、間接民主制において民意を集約して議会に反映させるために発達した結社であり、他方、憲法改正国民投票は、憲法制定権者たる国民の意思を直接反映させる直接民主制を具現する制度である。無料の意見広告の機会を「政党等」に限定する理由はないといわなければならない。修正案は政党等が指名する団体にも無料意見広告の余地を認めたが、多くの国民が特定の支持政党を持たない状況を踏まえればなお十分とはいえず、かつ政党系列の団体に特別の便益を認めることになる可能性があり、合理性に疑問がある。
よって、無料意見放送・無料意見広告のあり方に関しては、改正案に対する賛否の意見が公平に同等の時間・回数で放送や広告で取り扱われるようにするとともに、政党以外の団体や個人の意見も広報において無料で取り扱われる工夫をするなど制度のあり方を抜本的に見直す必要がある。
10 投票権者の年齢に付随する問題について
与党・民主党とも修正案においては、国民投票の投票権者の年齢を満18歳以上とするとともに、附則において満18歳以上満20歳未満の者について「選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとすること」としている。
しかし、個別法令の成年年齢はそれぞれ異なる立法趣旨に基づいて決められているものであるから、国民投票の投票権者の年齢を満18歳以上とすることに連動して他の法令の年齢規定を見直す必要性はない。成年年齢等の年齢規定については、個別法令の立法趣旨・立法事実に鑑みて検討されるべきものであるので、国民投票法の投票権者の年齢と連動してこれら年齢規定について見直すことには反対である。
11 最後に
憲法改正国民投票は、憲法制定権者たる国民による直接民主主義の制度である。しかし、わが国においては国政レベルにおける直接民主制についての経験の蓄積はなく、また、直接民主制の本質に即した議論もいまだ十分でない。また、国民投票無効訴訟等、個別論点においても、いまだ十分な議論がされていない事項が多く含まれている。
憲法改正は、その影響が極めて大きいものであることから、改正手続の過程において、主権者たる国民の表現の自由を保障するとともに国民の意思を正確に反映させることが極めて重要であることに鑑みれば、法案には、いずれも重大な問題点があるといわざるをえない。国民主権をよりよく実現するために、さらに慎重な抜本的検討と議論がなされることを強く求めるものである。
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